第48話 暴走再来


 ドオオオオオオンンッ




「……っ、何の、音……?」



 当然、爆発音が耳に飛び込んできた。

 意識を刺激され、現実に戻ってきたクリスティーナは視線を巡らせる。

 近くで何かが起こったのか。

 クリスティーナは状況を把握しようと痛む体をなんとか起こした時、部屋に走りこんできた人物がいた。



「クリスティーナ、移動するよ」



 荒い息を吐き、渋い表情をしたジェレミーがクリスティーナの腕を引っ張った。



「お兄様、一体何が起こって、いるの」


「君が知る必要はないよ」



 ドオオオオオオンンッ



 また爆発音だ。

 そこへ複数の足音がけたたましく鳴る。

 この部屋に入って来たのはエドワードだ。



「ジェレミー殿下、お急ぎください!」


「ティナ!」



 クリスティーナは目を丸くした。

 エドワードに続き入って来たのは、シキだった。



(シキ、どうして……!?)



 シキの持つ魔刀アシュラがビュンッ、と鞭のようにしなりエドワードを狙った。

 すかさず、エドワードが魔導武器で応戦する。

 さすが副官同士。互角に戦っている。



「……邪魔だな」



 ぽつりと零れたジェレミーの言葉がひっかかった。

 ふっと視線を移せば、ジェレミーの手のひらに魔力が集まっていた。



「お兄様!」


火炎弾ファイアーボム!」



 クリスティーナとジェレミーが声を上げたのは同時だった。

 空間に生み出された大きな炎の塊がシキを襲う。

 エドワードと戦闘を繰り広げていたシキに直撃した。



「シキ!!」



 シキの体が一度跳ね上がり、ゆっくりと床に倒れこんだ。



「あ……あ……」



 クリスティーナの瞳には、血の海に横たわる母を思いおこさせた。





 わたくしの大切なもの、また失うというの?


 ……だって、あの時もわたくしは大切なものを失った。





 クリスティーナは何かにのまれていくような感覚を感じる。

 体中が熱くなって、皮膚が溶けそうになる。

 体からあふれ出すエネルギーを抑えられない。


 ああ、これが魔力が暴走するということなのね。

 あの時と一緒だ、とクリスティーナは思った。



 クリスティーナは思い出した。



 あの時、クリスティーナは母を失った。

 隣にいる次兄の一派によってだ。

 今度はシキが、いつも自分を守ってくれるシキが、母と同じように奪われるのか。





 大切なものは、



 ……もう失うわけにはいかない。





 感情がごっそり抜け落ちた音が聞こえた気がした。






「何だ!?」



 隣にいたジェレミーが目を見開いた。

 クリスティーナの纏う空気が変化した。

 嵐のように強大なエネルギーが、クリスティーナを中心として渦を巻く。

 クリスティーナはすっと右腕を上げて振りかざした。

 キラリと煌めいたのは一瞬だった。



 ドオオンンッ



「ぎゃあああああっ!」



 空気が膨れて弾けた。

 ジェレミーとエドワードが悲鳴を上げて、一瞬にして吹き飛び、そのまま壁に激突した。

 特にエドワードは強く打ったのか、ぴくりとも動かない。



「こ、これが、魔力暴走……」



 ジェレミーがわなわなと唇を震えさせた。

 一度立ち上がろうとしたが支えきれず床に伏した。

 クリスティーナの強大なエネルギーは、どんどん膨れ上がっていく。

 建物は耐えらず、みしみしと壁にひびが入り崩れ落ちる。

 天井は膨れ上がり、ドンッと弾けとんだ。

 屋根が吹き飛ばされ、場違いな穏やかな青空が見えた。



「ティ、ナ……」



 建物が崩れていくさまをクリスティーナは見ていたが、耳で音を捉えた。



「シ、キ……?」



 倒れていたシキが、ぐっと体を起こしてクリスティーナを見つめた。

 クリスティーナははっと息を飲み、見つめ返した。

 体に傷を負っているはずのシキが、足を引きずりながらクリスティーナに向ってくる。



「ティナ。私は、大丈夫。私は生きています……死ぬわけない、でしょう?」



 クリスティーナは目を細めた。

 やがてクリスティーナのもとへ来たシキが、彼女へ腕を伸ばし抱き寄せた。



「シ、キ……」


「ティナと私は、婚約者です。結婚するんです。私を、一人にしないで」



 そのままぐっと顎を上げられ、シキの顔が近づいた。

 クリスティーナは逃げることなく受け入れ、柔らかな部分が重なった。

 そして重なった部分から、温かなエネルギーが流れ込んできた。


 クリスティーナの身体が与えられるエネルギーに反応し、纏っていた嵐のようなエネルギーが徐々に落ち着いていく。

 身体を支えきれずに、無意識に目の前にある胸にぎゅっと縋った。


 シキにさらに抱き込まれて、重なっている部分が深いものに変わる。

 こくり、こくりと何度か喉が動くと、やがてクリスティーナの意識が遠のいていく。





 ……愛している




 耳に残った音は、クリスティーナの心を温かくした。





「うれ、しい」


「ティナ?」


「クリス閣下!」


「閣下! ご無事ですか!?」



 上の方から声が聞こえた。

 シキに抱きしめられながらクリスティーナは、ゆっくりと空を見上げる。

 そこにはクリスティーナの愛してやまない、戦空艇があり、カルヴァリーに乗った団員たちの姿がこちらに向かっていた。

 クリスティーナの双眸が大きく開かれた。



「わたくしの、団員たち」


「そうです。あなたの第三師団、です。師団長を助けるために、みんなここへ、駆けつけたんですよ」



 そう、わたくしのために。

 副官としてまだ日が浅いシキが誇らしげにいうのが、なんだか可笑しくて、うれしくて。

 クリスティーナは意識が沈んでいく中で、口元を笑ませた。





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