第47話 事件真相


「……っ!」



 クリスティーナが目を見開き、はっと短く息を吐いた。

 視線を動かせば、分が拘束されている部屋だと気づき、意識がゆっくりと現実に戻る。

 意識は浮上したが体は重いまま。頭痛は少しマシになった程度か。



(あれはわたくしの失われた記憶。ジェレミーお兄様の話は本当だったんだわ……)



 拘束される前に聞かされた襲撃事件。奥深くに沈みこませた記憶が鮮明によみがえった。

 母の悲壮な姿を思い出し、ぎりっと奥歯を噛んだ時、部屋の扉が開いた。



「もうお人形になったかな?」


「……なるわけないでしょう」



 クリスティーナに近づいてきたのは、ジェレミーだった。



「まだ意識があるのか。わが妹ながらしぶといね」


「……お兄様、お母さまを襲撃したのは、誰」


「あれ、記憶が戻ってしまったのか。拘束魔法が強く効きすぎたかな」



 やれやれと頭をかく姿に、クリスティーナは苛立ちを隠せない。



「誰だと、聞いているの」


「クリスティーナはもう分かっているんじゃないの?」



 クリスティーナはぎりっと奥歯を噛み、ジェレミーを睨みつけた。



「そんな怖い顔をしないで。クリスティーナ、あの事件は第二皇子派が引き起こした。当時、第二皇子派で一番力を持っていたのは誰?」


「……テオドラ妃殿下かしら」


「正解。ふふ、あの人は執着と権力欲がすごいから。側妃であることに我慢できないんだ。今もね」



 ニヤリと笑った顔が許せなくて、クリスティーナは掴みかかろうとした。

 しかしその直前で、魔力を帯びた数本の光の筋が、クリスティーナの四肢の動きを封じ込める。



「ぐ……っ」


「おいたがすぎるよ、クリスティーナ。さっさとお人形になりなよ」



 また頭の締め付けが強くなり、痛みが増していく。また次兄が拘束魔法を使ったのだろう。

 魔法に屈したくないという意志とは裏腹に、クリスティーナは再び意識を失った。









「う、そ……どう、して……」



 血の海に横たわる母をみて、紫紺の瞳からぽろりぽろりと涙があふれていく。

 ゆらりとクリスティーナの纏う空気が変化した。



「ティナ?」



 シキが目を丸くして名を呼んだが、呼びかけには答えない。

 何かが起きそうな雰囲気に襲撃者たちが怯んだ。



「な、なんだ!?」


「怯むな! 皇女を殺せ!」



 襲撃者たちは再び構え、クリスティーナを襲う。

 クリスティーナはすっと右腕を上げて振りかざした。

 キラリと煌めいたのは一瞬だった。



 ドオオンンッ



「ぎゃあああああっ!」



 空気が膨れて弾けた。

 襲撃者たちが悲鳴を上げて、一瞬にして吹き飛んだ。

 高く飛んだ体が、そのまま地面に強くたたきつけられる。

 うめき声を上げている襲撃者たちの合間を縫って、クリスティーナは母に駆け寄った。



「お母さま、お母さま! 目をあけて……!」



 母の体を一生懸命ゆすった。

 クリスティーナの手が真っ赤に染まっていくこともいとわず。

 シキがクリスティーナに駆け寄りやめさせようとしたが、それでもクリスティーナは一生懸命に母をゆすっていた。

 そんなことをしても、もう応えてはくれないのに。



「ティナ、ティナ……皇妃さまは、もう……」


「お願い、お母さま……」


「おい、皇女がまだ生きてるぞ!」



 屋敷の方から何人もの襲撃者たちが、手に獲物を持って駆けてくる。

 クリスティーナは自分より何倍も体格のいい男たちに囲まれた。

 シキがクリスティーナを庇うように、前へ出て手を広げた。



「おい、小僧。邪魔だ。どけ!」


「嫌だ!」


「そんなことしても無意味だ。かわいそうに」


「お前ら、皇妃と同じようにあの世に連れて行ってやるよ」


「まずは小僧。お前からだ」



 その言葉を聞いた瞬間、感情がごっそり抜け落ちた音が聞こえた気がした。

 嵐のように強大なエネルギーが、クリスティーナを中心として渦を巻く。

 クリスティーナの美しい金の髪が靡き、瞳も金色に輝いていた。



「ティナ!?」



 刹那、クリスティーナを中心として、高圧力の魔力エネルギーが爆発した。



 ドオオオオオオンンッ



 クリスティーナを襲おうとしていた襲撃者たちは声もなく絶命し、塵となって消滅する。

 黒煙が嵐のように吹き荒れ、クリスティーナの周りは辺り一面焦土と化した。

 屋敷や襲撃者たちもいたが、残ったのはクリスティーナとシキ、そして横たわるロザーラのみ。



「なに、これ……」



 驚愕に目を見開いたシキが後ろを振り向き、クリスティーナを見た。




(ああ、シキがあんなに驚いて。わたくしはこの時、はじめて魔力を暴走させたのね。きっとジェレミーお兄様が言っていた魔力暴走も、きっと同じようなことになっていたのね)




 金色に輝くクリスティーナは、すっと右腕を上げて振りかざそうとした。



「ティナ! それ以上はだめだ!」



 クリスティーナはシキにぐっと腕を引かれ、シキの胸に抱き寄せられていた。

 そのままぐっと顎を上げられ、シキの顔が近づく。



「……っ」



 クリスティーナは目を瞠った。

 柔らかな部分が重なっている。

 そして、重なった部分から、温かなエネルギーが流れ込んできた。

 クリスティーナの身体が与えられるエネルギーに反応し、纏っていた嵐のようなエネルギーが徐々に落ち着いていく。

 やがてクリスティーナは体の力が抜け、意識を手放した。




(そうだったのね……ナウシエト遺跡の時もこうやってわたくしの暴走を止めてくれたのね。シキはいつもわたくしを助けてくれる。そして、わたくしは何も知らなすぎたわ)




 いくつもの知らない……いや、忘れていた記憶を取り戻した。


 悲しい記憶ばかりだったが。





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