第46話 襲撃事件


「クリス、どこ!? クリスティーナ!」



 悲鳴に近い声が近づいてくる。

 驚いたクリスティーナとシキは、扉を凝視しているとバンッ、と扉が開いた。



「お、お母さま?」


「クリス、ここにいたのね。ここは危ないわ。逃げるのよ」



 血相を変えて部屋に入って来たのは、母である皇妃ロザーラと侍女だった。

 ロザーラが何かを侍女に言うと、侍女がすぐに動き、シキの部屋の本棚を動かし始めた。

 普段とは違う緊迫感にクリスティーナは体が震え、シキの手をぎゅっと握った。



「皇妃さま、一体何があったと言うのです!?」


「シキ、ごめんなさいね。あなたを巻き込んでしまったわ」


「ロザーラ様、開きました!」



 侍女が動かした本棚の先は、薄気味悪い空間が広がっているが、下階へ続く階段があった。



「とにかく中へ。ここから急いで離れないと。シキ、体は起こせる?」


「はい」



 体を起こそうとしたシキを手伝うように、クリスティーナはよいしょとシキの手を引っ張った。



「二人とも私についてくるのよ」



 下へ続く階段を進むロザーラの背を見て、クリスティーナはシキを見上げた。

 シキがこくりと頷くとクリスティーナはシキの手を引っ張り、ロザーラの後に続いた。

 背後でガタンと音がなる。侍女が扉を閉めたのだろう、辺りは薄暗くなった。


 進めば進むほど、悲鳴と剣戟の音が増えていく。

 クリスティーナはただならぬ気配に手が震えた。

 クリスティーナに不安が忍び寄るが、シキがぎゅっと安心させるように手を握ってくれる。

 そんなシキがロザーラに声をかけた。



「皇妃さま、何が起きているのですか」


「この屋敷が襲われたわ」


「襲われた!?」


「おそらく第二皇子派でしょうね。テオドラが仕向けているに違いないわ」


「しかし、ここにレオンはいません」


「ええ。今日は急遽公務が入ったから来られなかったの。ここへは私が進めている女学院の設立に向けて、打ち合わせに来ていたのだけど……悲しいけれど、裏切り者がいたようね」


「じゃあ、今狙われているのは……」


「私とクリスね。テオドラからすれば、第一皇子と同様に私は邪魔者。それに、魔力量の多いクリスも今の内に、と考えるのは自然でしょう」


「そんな……」


「今までも狙われていたけれど、とうとう実力行使に出てきたわね……」



 薄暗い階段を下りきると、目の前に古めかしい木造の扉が現れた。

 ロザーラがドアノブを回し開けると外からの光があふれ、クリスティーナは目を細めた。

 屋敷の外へ出た四人は、屋敷の外れにある石造りの門へ向かって走った。



「いたぞ!」



 野太い男の声が響き渡る。

 バタバタとこちらに向かってくる数人の足音が迫る。

 襲撃者たちだ。



「こちらです!」



 侍女の声とともに、門とは反対方向へ走った。

 向かった先は鬱蒼とした木々に覆われた、古びた屋敷の離れだ。

 クリスティーナたちも駆け足で離れへと逃げ込み、全員が入ると侍女が閂で扉を施錠した。



「どこだ!?」


「この辺りにいるはずだ、探せ!」



 外で行われていることに四人に表情がこわばり、緊張感が走る。



「離れの奥へ。隠れましょう」



 ロザーラが小さな声で指示を出し、四人はそっと奥へと移動した。

 その時、侍女がひくひくと鼻を動かした。



「焦げ臭い……? まさか……!」



 侍女の声に反応し、クリスティーナはにおいを辿ると小さく燃えている壁が見えた。

 その火はすぐにメラメラと燃え広がった。



「あ、あ……っ」



 建物全体に焦げた匂いが充満する。

 空気が熱くて、喉が焼けそうだ。

 パチパチと炎がはぜる音、時折、ドン、と何かが落ちる音がする。

 侍女が顔面蒼白でロザーラを見た。



「……火を放ったのね」


「こ、皇妃さま」



 いつも微笑みを絶やさない母が唇をぎゅっと噛み、眉根を寄せていた。

 母の表情を見たクリスティーナは、母に近づきその手をぎゅっと握った。

 ロザーラがはっとして、クリスティーナの顔を覗き込んだ。

 クリスティーナは怖かったが、そんな娘を安心させるように母がにこりと微笑んだ。



「私の大事なクリスティーナ」


「お母さま……?」



 クリスティーナは母に手を引かれるとぎゅっと抱きしめられた。



「怖い思いをさせてごめんなさいね。大丈夫よ、私が守るわ。あなたはここから逃げるのよ。だから……」



 その瞬間、クリスティーナは母に突き飛ばされた。

 転びそうになったが、シキがよろめきながらも抱きとめてくれた。



「シキ、クリスティーナをお願いね」


「私が守ります」


「体の弱いあなたに頼むのは酷だけど、どうかお願いね」


「はい」


「クリスティーナ、愛しているわ」



 大好きな母が、場違いなほど柔らかく微笑んだ。

 そのままロザーラが炎をかいくぐって侍女に閂を外させ、扉の外へ出る。

 侍女も覚悟を決めた表情を見せ、ロザーラに続き扉を閉めた。



「待って!」



 クリスティーナは追いかけようとしたが、炎に阻まれた。

 刹那、ロザーラの悲鳴が響いた。



「お、母さ、ま……?」



 クリスティーナの腕がたらりと下がった。

 ゆらりとクリスティーナの魔力が立ち上る。



「ティナ!」



 焦ったようなシキに腕を掴まれたが、クリスティーナは一瞬にして振り払った。

 振り払った瞬間、魔力の風圧が生み出され周囲の炎が一瞬にして消えた。

 そして、その風圧で扉がガッと大きく開いた。



「皇女がいたぞ!」



 扉の外には武装した襲撃者たちがいた。

 その男たちがクリスティーナに襲い掛かる。

 けれどもクリスティーナは男たちを誰一人見ていなかった。

 なぜなら、クリスティーナの瞳に映っていたのは、血の海に横たわる母だけだったから。







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