第45話 副官逆臣
「う……っ」
意識がゆらりと浮上し、クリスティーナはうっすらと目を開けた。
見覚えのない部屋が映り、そう言えば自分は側妃の離宮に連れてこられたな、と気づいた。
どうやら自分はソファに寝そべっていたらしい。体を起こそうとするが体の自由がきかない。それに自分の呼吸が荒く整わない。
(拘束魔法をかけられたのだわ。それにわたくし、意識が……)
増していく痛みに耐えられず、クリスティーナはそのまま気絶したことを思い出した。
そこから考えれば、今は少し落ち着いているように思う。
(あら……他にも思い出したことがあるわ)
それは記憶の断片のようなもの。
頭にショックを与えられたことで、失われていた記憶が蘇ってきているのかもしれない。
何か糸口が掴めるかも、と意識を集中した。
確かクリスティーナが少女と呼ばれる頃だった。
どこかの屋敷で誰かと会っていたような気がする。
黒髪で少年から青年になるくらいの年頃の、ベッドに腰かけて優しく微笑んでくれた人。
誰かに似ている……そう気づいた時、はっと息を飲んだ。
(シキに似ている)
元婚約者であるサラが言っていた、体が弱かったというエピソード。それにも当てはまる。
そう言えば何か会話をしていたような……とクリスティーナは反芻する。
――シキお兄様がわたくしの婚約者になればいいのよ
――ありがとう。私は一生ティナを大事にすると誓うよ
(わ、わたくし……なんていうことを約束しているの!? それに、シキお兄様って呼んでいるじゃない!)
とんでもないことを思い出している。
きっと鏡を見れば顔を真っ赤にしているに違いない、とクリスティーナは内心焦る。
記憶の断片が指し示すのは幼い頃にシキと出会っていて、ましてや婚約の約束までしていることだ。
しかも自分から言い出して。
(なんてこと……。あの頃のわたくし、シキのことが、す、す、好き、だったのね)
記憶から流れ込む感情に気恥ずかしさを感じてしまうが、同時にほわりと胸が温かくなる。
初恋というものかもしれない。
まさかシキに対してそんな感情を持っていたなんて。
そして、不思議なことに幼い頃の約束は現実のものとなっている。
クリスティーナはそれが嫌だと全く思わなかった。
「目が覚めたのか、閣下」
声をかけられて意識が現実に戻る。
目線を上げるとエドワードが近づいてくるのが見えた。軍服ではなく、品の良い貴族の衣装を身に着けている。見慣れない姿だった。
「エドワード」
自分を裏切った男だ。
自由の利かない体を無理やり起こし、距離を取ろうとした。
「距離なんか取らなくても大丈夫だ。オレが不用意に閣下に近づけないように、ジェレミー殿下が結界魔法をかけてるから」
鼻を鳴らしながら不満げにエドワードが言った。
意外だ。あの次兄が自分にそんなことをするなんて。
「閣下、不思議って表情をしてる。簡単なことだよ。殿下が帝位に就くまでは、何かあっては困るんだってさ。新しい婚約者になるオレですら、ジェレミー殿下にとってはただの駒だ」
「……わたくし、顔に出ていたかしら?」
怪訝な表情をすれば、エドワードがくすりと笑った。
「出てないよ。オレは長い間、副官として傍にいたんだ。閣下のことならわかるよ。閣下のこと、ずっと見てた。好きだったんだ」
クリスティーナは思わず目を瞠った。
まさかエドワードに想いを寄せられているなんて思わなかった。
自分が結婚する気がないことを彼は見てきたはずだから。
「意外? 戦場を駆け回り次々に勝利を収める姿、カリスマ性。閣下は初めからオレの憧れだったよ。惹かれないわけないよ。でもさ、オレの身分では結ばれることはない。だから、その隣に立つためにオレは努力した。副官になった時は嬉しかったな」
エドワードがうっとりと目を細めた。
「閣下が婚約破棄を繰り返すから、結婚する意志がないことはわかってた。だったら副官のオレこそが閣下に一番近い人間だろう? オレはそれで満足だった。ザートツェントルと婚約を結ぶまでは」
「……どうして、そこにシキが」
「どうして? 決まってるだろ。これまで国外の人間ばかりだったのに、国内から婚約者としてあいつが選ばれ、さらには副官にまでなった。許せるはずないだろ! しかも、閣下は受け入れただけでなく親し気に振舞って……。閣下のことを分かっていて、一番近い人間はオレだけなんだ!」
エドワードが激昂するところを初めてみた。
けれども、クリスティーナは冷静に見つめていた。
「……勝手ね。わたくしがどう振舞おうがわたくしの自由だわ。それで、ジェレミーお兄様の手を取ったというの? わたくしを裏切ってまで?」
クリスティーナの冷たい言葉に、エドワードは唇を噛んだ。
「最初にオレを裏切ったのは閣下だよ。もう何を言ったって、オレと婚約するのはもう決まったも同然だからな」
「わたくしの婚約者を決めるのはレオン皇太子殿下よ。あなたがわたくしの婚約者になるなんてありえないわ」
ぴしゃりと跳ねのけると、エドワードが物凄い形相で、クリスティーナに掴みかかろうとした。
(いやっ、触れられたくない!)
「ぎゃあああっ!」
クリスティーナに触れようとした瞬間、魔方陣が光り輝きエドワードを吹き飛ばした。
ジェレミーの結界魔法だ。
それだけなら良かったのだが、クリスティーナに再び痛みが襲う。
「う、ぐぐ……っ」
「どうしてオレは閣下に触れられないんだ! ずっと想ってるのに!」
(わたくし、に……触れてもいい、のは)
頭への締め付けがどんどんきつくなり、意識が朦朧とする中、クリスティーナは気絶した。
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