第44話 拘束魔法
「そうだねぇ……クリスティーナが僕のお人形になってくれるなら、教えてあげるよ?」
「お人形……?」
クリスティーナが眉根を寄せた時、ジェレミーがパチンと指を鳴らした。
音とともに、クリスティーナが腰かけたソファの足元に魔法陣が展開される。
「え!?」
すぐさま立ち上がろうとしたが、魔力を帯びた数本の光の筋が、クリスティーナの四肢の動きを封じ込める。
(拘束魔法! でも、これくらいなら抜けられる!)
だがつかの間、頭をガンと殴られたような感覚が始まった。
そして、光の筋はクリスティーナの頭を締め付け、ガンガンと響き続ける。
「お兄様、何を、するの……」
「ふふ、クリスティーナをお人形にするんだよ」
「何を、言って」
ふらりと体が傾いたクリスティーナは、ソファの豪奢な肘掛をぐっと握った。
「母上がうるさいんだよね。僕を皇太子にして次代の皇帝にするって。それに第二皇子派にも担がれて、勝手に兄上と皇太子派を亡き者にしようと一生懸命画策している。でもね、クリスティーナ。僕は帝位に興味がない」
「だったら、レオンお兄様を、狙う必要は……」
「だから、クリスティーナを狙ったんだ。ワイバーンの群れを仕掛けたけど、君はことごとく殲滅してくれた。指揮官として見事な采配だった」
任務やナウシエト遺跡、合同演習も次兄だったのか。
レオンハルトの見立て通り、クリスティーナを狙ったもの。
「それにドルレアンでも見事な対処だったよね。本当はその時にクリスティーナをここへ連れてきてもらう予定だったんだけど、王妃にはがっかりしたよ。もうちょっと使えるかなと思ったんだけど」
「そう、でしたのね……ドルレアンも」
ドルレアンの王宮で襲撃されたのは、身柄を拘束するためだったのか。
帝国だと難しいから、あえて手薄になる隣国を選んで。
「君はトップに立つ人間にふさわしい。だからね、クリスティーナ。君が女帝になればいい」
クリスティーナは目を瞠った。
この兄は一体何を言っているのか。
「僕はそうだな、王佐あたりでいいよ」
「そんなの、妃殿下も第二皇子派も、納得しない、わ……」
「そうかな? 師団長を務められるクリスティーナを帝位に据えて、僕が王佐として裏から操るのなら意外と納得してくれると思うよ。第二皇子派も一枚岩じゃない。兄上さえ帝位につかなければ良いと判断している者もいるからね」
「冗談も、そこまでに、して」
「クリスティーナからすれば冗談だったら良かったかもね。さて、君を第一皇位継承者にするために、しばらくここで大人しくしてもらおうかな」
次兄は無邪気に笑った。
まさか本当に自分を女帝に据えるつもりなのか。
次兄によって、これから皇太子派と第二皇子派の衝突が始まってしまう。
「そうだ、クリスティーナ。君を女帝にするあたり、皇太子派の婚約者とは婚約破棄をしてもらうよ。クリスティーナは婚約破棄をしたがっていたからいいよね?」
「何を、勝手な」
「でも女帝には配偶者は必要だから、僕が次期皇配を用意しておいたよ。せっかくだから紹介しよう。入ってきて」
ジェレミーが声をかけると部屋に男が入って来た。
この場では似つかわしくないほどに爽やかに微笑んでいた。
「ま、さか」
「クリスティーナ。君のダイスキな第三師団から選んであげたんだよ。君の新たな婚約者はエドワード・トリアトトだ」
嘘だと言って。
目を見開いたまま、次兄の隣に立つエドワードを凝視した。
「改めまして、トリアトト伯爵家のエドワードと申します。やっと閣下の婚約者になれた」
「どう、して……」
頭の締め付けがさらに強くなり痛みが増す。
抵抗したいのに、痛みのせいで思考力がどんどん奪われていく。
深い闇に吸い込まれるように、クリスティーナは気絶した。
金色の髪と紫紺の瞳を持つ美しい少女は、目の前のドアを軽くノックした。
はい、と返事が返ってくると少女はいそいそとドアを開けた。
「シキお兄さま、こんにちは」
「ティナ、いらっしゃい」
部屋にいたのは黒髪の少年で、ベッドで体を起こして読書をしていた。
ここは屋敷の二階にある部屋で日当たりが良く、今日も燦々と陽が入っていた。
少女は駆け寄り、ベッドの側にあったスツールに腰かけた。
「シキお兄さま、お加減はいかが?」
「今日は気分がいいよ。このところ元気なんだ。いつも気にかけてくれてありがとう。あれ、レオンハルトは?」
「レオンお兄さまは公務があって来られないの。だから、お母さまと来たのよ」
「皇妃さまがわざわざ?」
「お母さまもご用事があると言ってこちらに来たの」
アルトマイアー公爵家の帝都に近い保養地にある屋敷に行くことを、少女は楽しみにしていた。
この屋敷へ来るのは魔力コントロールの訓練のために来ているのだが、シキに会えることを一番の楽しみにしていた。
年上のシキは病弱だが優しく賢い。シキと話をすると、その膨大な知識量にワクワクするのだ。
「そうなんだ。レオンは残念だけど、今日はティナと一緒にいられるね」
シキが優しく笑いかけてくれた。
少女はとたんに胸がドキドキし始めて、シキと一緒にいられることをとても嬉しく思った。
でも、今日だけしか滞在できないかと思うと、しょんぼりしてしまう。
「……ずっと、シキお兄様と一緒にいられたらいいのに」
「私は嬉しいけれど、そうなるとレオンが寂しがるよ?」
「そんなことはないわ。だってレオンお兄様ったら、わたくしにいっつも厳しいことを言うのよ。シキお兄様は優しいのに」
「ふふ、愛情の裏返しだね」
慈愛に満ちた表情でシキが微笑んだ。
言い返そうと思ったのに、その表情から目を離せなくなった少女はあっ、と声を出した。
「そうだわ、いいことを思いついたわ」
「どうしたの?」
「シキお兄様がわたくしの婚約者になればいいのよ」
「こ、婚約者!?」
シキがとたんに顔を真っ赤にして動揺した。
「だってレオンお兄様には婚約者がいて、結婚すればいつも一緒にいられるって言ってたわ」
「そ、そうだね。ティナは色んなことを知っているんだね」
「もちろん。皇女として色んなことを知ることは大事だって、お母さまもレオンお兄様も言うもの」
「そうだね。でもティナ、私は病弱だよ。こんな私でも婚約者にしてくれるの?」
すっと手を取られた少女はどこか不安げなシキに気が付き、一度にっこりと笑いかけるとぎゅっと手を握り返した。
「シキお兄様だからいいのよ。きっと一緒にいれば楽しいわ!」
元気よく返事をすれば、シキが目を細めてとびきり優しく笑ってくれた。
「ありがとう。私は一生ティナを大事にすると誓うよ」
「わたくしもよ! 帰ったらお父さまを説得して見せるからね」
「ふふ、頼もしいね」
シキが優しく少女の手を引っ張り、その手の甲にキスを落とした。
その時、叫び声が聞こえた。
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