第43話 暴走理由
「本当に訪ねてくるとは思わなかったよ、クリスティーナ」
「まぁ。訪ねればいいとおっしゃったのは、ジェレミーお兄様ではなくって?」
「ふふ、そうだね」
合同演習から一週間後、クリスティーナは魔導士団第二隊の作戦室へ赴いた。
他の部隊の作戦室に入室することなんてほとんどないが、帝宮の部屋と同じような気品のある上質な部屋だった。
部屋の主であるジェレミーは、仕事をするわけでもなく優雅にソファに座っていた。
「さて、合同演習の総括でもする?」
「お兄様ったら面白いのね。わたくしがここへ一人で来た理由をご存じのはずなのに、冗談をおっしゃるなんて。わたくしは妹で夜会にいるご令嬢ではないから、楽しませなくてよくてよ?」
柔和な表情でこちらを見ているジェレミーに、にっこりと綺麗な微笑みを見せた。
クリスティーナはここへ一人で来た。伴はつけなかった。これは全くの個人的なことだから。
副官であるエドワードも、もちろんシキも不在の時を狙ってここへ来たのだ。
「全く……クリスティーナときたら肝が据わっているね。そうだよ、君は僕の妹だ。兄として妹の要求には応えてあげないとね」
「うれしいですわ、ジェレミーお兄様」
「じゃあ、場所を変えようか。ここで話すには、内容が込み入り過ぎているからね」
「どちらに?」
クリスティーナが疑問に思っていると、ジェレミーが立ち上がり空間に向って指を動かした。
何かを描くように動く指。
クリスティーナは眉を寄せた。
「お兄様、何をされて……」
「空間移動だよ、クリスティーナ。母上の持つ離宮へ行こう」
指先があった空間に、緑の光を帯びた魔方陣が浮かび上がった。
その魔方陣がビカビカと煌めいた。
クリスティーナが驚きの声を上げる間もなく、部屋いっぱいに光が満たされ視界が歪む。
きつく目を閉じたクリスティーナが再び目を開けた時、そこは見知らぬ部屋の中だった。
思わず息を飲み、そして警戒感を強めた。
「そんなに固くならないで、クリスティーナ」
「ここは、まさか……」
「着いたよ、母上の離宮に」
空間移動は魔導士団の中でも一部の人間しか使えない古代魔法の一つだ。
次兄も使えたのか、とクリスティーナは内心唇を噛みしめる。
「……テオドラ妃殿下はいらっしゃるの? ご挨拶がいるかしら」
「いいや。母上は帝宮にいるよ。ここは僕が休暇を過ごすために使うことが多いかな」
「そうですか」
コンコン、とノックの音が鳴る。
失礼します、と声をかけ入って来たのは年配のメイドだった。
ジェレミーが目配せをすれば、心得たとばかりに一つ頷く。
「お茶を飲みながら話そうか、クリスティーナ。君は知りたいんだろう?」
小さく頷いたクリスティーナは、先に歩き出したジェレミーの背中を追った。
連れていかれた先は離宮の二階、陽の光が入る応接室だった。
さすが側妃の離宮だけあって、帝宮に負けず劣らず気品のある調度品で揃えられていた。
「さあ、座って。クリスティーナ」
ソファに腰かけると、対面に柔和な表情を崩さないジェレミーが座る。
タイミングよく侍女が温かいお茶を用意した。
クリスティーナが手を出さないでいると、ジェレミーが優雅にお茶を飲んだ。
「そんなに警戒しなくても毒なんて入っていないよ」
「ええ。いただきますわ。お兄様、お話していただいても?」
「ああ。そうだね」
クリスティーナがお茶を一口飲むと、ジェレミーが話し始めた。
「合同演習の時に、君が討伐作戦で魔力を暴走させた話はしたよね?」
「ええ。それは本当ですの?」
「もちろんだよ。ナウシエト遺跡での討伐作戦の際、君は戦場から第三師団の戦空艇を逃すために、魔力を暴走させてしまった。結果的に討伐作戦は成功したけど、辺り一面は焦土と化した。遺跡も崩壊したし」
クリスティーナは息を飲んだ。
一面を焦土と化すほど、自分に魔力があるとは信じられない。
「表向きはクリスティーナに魔力が少ないことになっているからね、ワイバーンの放った攻撃でそうなったということになっている。第三師団の団員たちにもそう報告されているはずだよ」
「そうなのですね。ジェレミーお兄様は詳しいのですね」
「僕はこれでも王族の端くれだからね。情報は入ってくるんだよ。レオン兄上は箝口令をすぐさま引いたみたいだから、この情報を知っている者はごくわずかだよ」
「箝口令を……。レオンお兄様の行動を考えると、わたくしには本当に魔力があるのですね」
「そうだね。本当に実感はないの?」
「ありません。だからこそ、魔導武器を使っているのですもの」
「そう。魔法が使えると便利だけどなぁ」
残念そうに言う次兄は、やはり魔導士団に身を置いているものの発言だ。
「どうしてわたくしに報告をしてくれなかったのかしら……」
「そりゃあ、初めてじゃないからだよ?」
「それ、合同演習の時もおっしゃっていましたよね?」
そう、初めてじゃないのだ。
自分に魔力があることと、そして暴走させたこと。
これは記憶喪失と関係があると直感的に分かったのだ。
「君は十歳の時に、君の母上である皇妃陛下とともに何者かに襲われた」
「襲われた!?」
「そうだよ。その時、魔力を暴走させたんだ。その事件で皇妃陛下は殺害され、君が生き残った」
「お、お母さまは殺されたというのですか……」
クリスティーナは目の前が真っ赤に染まったようだった。
今まで母が亡くなった理由は病死だと聞かされてきた。まさか殺害されているなんて……。
一体誰がそんなことを。
「公には病死という扱いだけどね。殺害されたなんて皇族としての外聞が悪い上に、国民を不安にさせるだけで、何もいいことなんてないだろう」
「犯人は捕まったのですか?」
「いいや。捕まってないよ」
「捕まってない!?」
クリスティーナは目を丸くした。
十年も経っているからもう解決しているものだと思ったのに。
「でも、誰がやったかは知ってるよ?」
「お兄様、それは本当ですか!? それは一体……」
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