第42話 合同演習


「これが戦空艇か。搭乗したのは初めてだよ、僕は」


「そうだったのですね、ジェレミーお兄様。部隊が違えば、ご縁はないかもしれませんわね」


「兄上が力を入れるのもわかるよ。それに空の風は気持ちがいい」



 魔導士団第二隊との合同演習の当日がやってきた。第三師団の戦空艇は帝都を離れ、青が広がる上空を航行していた。

 クリスティーナは指揮官として戦空艇の甲板にいたが、隣には異母兄のジェレミーがいる。隊長を務めている彼は、その身を緑の軍服に身を包んでいた。



「クリス閣下、目標地点への到着までは距離三百だ」


「ありがとう、エドワード」



 傍に控えていたエドワードが、指令室との通信内容を報告する。

 皇族が二人もいるということもあり、第三師団の副官二人と魔導士団第二隊の副官一人が傍に控えていた。



「クリスティーナ、君の部隊には副官が二人もいるんだね」


「レオンお兄様の采配ですわ」


「へぇ、兄上の。トリアトト殿とは先日話をしたが、優秀な男じゃないか。うちに欲しいくらいだよ」


「ありがとうございます、殿下。お褒めにあずかり光栄です」



 クリスティーナは微笑みを崩さなかったが、内心目を見張った。

 帝国軍の中でも、最も魔力保有量に重きを置いているのが魔導士団だ。魔導士団の人間が、魔力なしと言われる第三師団の団員を褒めるとは思わなかった。

 そんなジェレミーがシキをちらりと見た。



「クリスティーナ、僕は彼一人で副官は十分だと思うけど」



 何を言い出すのか、とクリスティーナが訝しんでいると、ジェレミーが口元を歪めた。



「君、クリスティーナの婚約者になったんだって? 魔導研究所の所属なのに第三師団も兼務して公私混同かい? クリスティーナも付きまとわれてかわいそうに。兄上の友人と聞くけど、兄上におねだりでもしたのかい?」



 ピリッとした空気が張り詰める。

 皇族の言葉は重い。あっさりと階級が下の人間に威圧を与えてしまう。その証拠に他の団員が固まってしまっている。

 クリスティーナが口を開こうとする前に、シキがにっこりと笑った。



「もしかして殿下、うらやましいですか? 一応、天才機械士という二つ名もあるもので、おねだりぐらい通ってしまうかもしれませんね。今回の件は想像にお任せしますよ」



 微笑んでいるが腹の底が見えない表情でシキが話せば、ジェレミーが不満そうに眉間にしわを寄せた。



「……僕は君みたいに胡散臭い男が一番嫌いなんだ」


「ありがとうございます、殿下。お褒めにあずかり光栄です」


「そういうところだよ、君。ああ、嫌だ」



 心底嫌そうな表情をしている皇族に対して堂々としたシキの態度に、クリスティーナは内心感心してしまった。



(さすが、レオンお兄様の「ご友人」ね。下手をすれば、一触即発の流れになってもおかしくない。皇族の扱いに慣れているのだわ。わたくしでもジェレミーお兄様と接する時は用心しながら話すのに)



 記憶喪失という爆弾を抱えているクリスティーナは、普段あまり接することのない次兄に対して警戒している。

 第二皇子派から狙われている今の時期なら尚更だ。

 ちらり周りに視線をやれば、団員たちがほっとした表情で演習の準備を進めていた。



「クリス閣下、距離二百だ」



 エドワードの報告に頷き、クリスティーナはジェレミーに告げた。



「ジェレミーお兄様、合同演習開始の時間ですわ」


「そう。では、始めようか。演習の指揮は第三師団の師団長にお任せするよ」


「まぁ。お兄様でなくて?」


「戦空艇はクリスティーナのテリトリーだろう。僕よりもきっと適任だよ」



 ジェレミーが目を笑ませたが、クリスティーナは訝しむばかり。

 戦空艇で戦うのだから次兄の言うことは正しいが、魔導士団の団員が本当に第三師団の指揮に従うのだろうか。

 それに、クリスティーナとしてはジェレミーの指揮官ぶりを見て、色々探りを入れたいところだったが。



(仕方ないわ。ここはお兄様に従いましょう)



 ジェレミーに向ってこくりと一つ頷き、クリスティーナは宣言した。



「ここからは第三師団の師団長であるわたくしが指揮を執りますわ。ジェレミー閣下、閣下の部隊の団員も従ってもらいます。閣下、わたくしをがっかりさせないでくださいね」


「ふふ、もちろんだよ。クリスティーナ閣下」


「さぁ、始めましょうか」



 クリスティーナは綺麗に微笑んだ後、師団長の顔付きとなって指示を出し始めた。


 目標地点であるワイバーンの巣に到着し、合同演習が始まった。

 クリスティーナの予測を超え、魔導士団第二隊との討伐作戦は思ったより上手くいっている。

 魔導士団の団員たちが第三師団の団員を下にみることはなく、第三師団の団員たちは討伐に集中できている。互いに良い距離間で作戦が遂行されていることに安堵した。



「第三師団の団員たちは良く訓練されているね」



 隣にいるジェレミーが感心しながら視線の先の空を見た。

 そこにはワイバーンと戦う第三師団の姿があり、副官二人もそこで戦っていた。

 そして、それを援護するかのように第二隊の団員が魔法を繰り出し、特に第二隊の副官は見事な攻撃魔法を放っていた。



「第二隊も良い動きをしていますわ。それに、わたくしの師団と上手くやれているなんて驚きですわね」


「ふふ、そうかい? 魔力があってもなくても、能力のある者はちゃんと仕事をするものだよ」



 予想外の物言いにクリスティーナは面食らった。

 まさかジェレミーからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 ジェレミーとの付き合いはあまりない。

 性格上読めない相手だとは思ってはいたが、こんな考えを持っているとは思わなかった。



「ワイバーンで思い出したが、クリスティーナは前回の討伐作戦でケガをしたんだって? 魔力が暴走したっていうじゃないか。辺り一面を焦土化したんだろう?」


「え?」



 一瞬、ジェレミー以外の音が聞こえなくなった。

 この兄は、今、何と言ったのか。



「……どういうことですの?」


「あれ? 聞いてないの、レオン兄上から。君は第三師団の戦空艇を逃すために、魔力を暴走させてしまったんだよ?」


「まさか……わたくしに魔力がないことは、ジェレミーお兄様だってご存知のはず」



 魔力暴走はそもそも魔力が豊富な者が起こしてしまうもの。

 クリスティーナが戸惑っていると、ジェレミーが首を傾げた。



「何を言っているんだい、クリスティーナ。君はこの僕をも凌ぐ膨大な魔力の持ち主で、それを制御しているから、表に現れる魔力が少ないんだよ? あれ、知らない?」



 知らない。

 レオンお兄様は何も言ってくれなかった。

 クリスティーナの全身が震えて、ぎゅっと拳を握った。



「君のダイスキなお兄様は隠し事をしているんだね。クリスティーナがなぜ暴走したのかを僕は知っているよ。初めてじゃないからね」


「初めてじゃない……!?」



 目を見開き、ジェレミーを凝視した。

 告げられた内容にただただ衝撃を受けた。



「知りたいかい、クリスティーナ? でも、ここじゃ話せないのはわかるよね」



 囁くように言う次兄の態度に、自分の失くした記憶と関係があると直感的にわかった。

 次兄にだけわかるように、小さく頷く。



「この合同演習が終わったら、一人で訪ねてくるがいいよ。……訪ねることができるのならね」





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