謎の生き物に懐かれた

水門根どりあ

謎の生き物に懐かれた

 私には物心ついた時から幻聴が聞こえていた。

 時に予言の如く人々の運命を言い当てては、その声の通りになったのを見て愕然とする私を笑う声。

 私は、それが怖くて怖くてたまらなかった。周囲の人々に尋ねても、誰もそんな声は聞いていないと言うのだから。

 私は必死に耳が聞こえないふりをしてその声をやり過ごすようになった。声なんて聞こえない、私の勘違いなのだと。

 しかし私が聞くまいと必死になればなるほど声は騒々しく、四六時中所かまわず話しかけてくるようになり、私は身も心も追い詰められて高い崖から海に身を投げた。

 死ねば、この声とも縁が切れると思ったのだ。

 しかし何故か私は死ねず、穏やかな海の上をプカプカと漂い続けている。


「いや、何で?」

『「何で?」じゃねーよ!いきなり崖から飛び降りるとか……何考えてんのかこっちが聞きてーわ!!!』


 正しくは、良く分からない海棲生物に抱っこされたまま海に浮かんでいる。そしてそいつから、件の迷惑極まりない声が発せられているのだ。

 いや、声が発せられているというよりは頭の中に直接響いているとでも言おうか。特に怪我も無い所を見ると、どうやらこいつに助けられたらしい。頼んでないけど。

 仰向け状態だった体をぐるりと捻ってうつ伏せに変更する。少し起き上がって見てみると、ちょっとゴワゴワした手触りの全身毛だらけの生き物は、形容しがたい見た目をしていた。こう、カメみたいに体が楕円をしていて、手足はクマみたいで、首が蛇みたいに長い。おまけに頭には角みたいなのがついている。


『……何だよ』


 私に観察されているのが気に障ったのか不機嫌そうにそう言われて、目を逸らした。


『無視すんじゃねー!言いたい事があったら言えよ!気になるだろうが!!』


 こっちは気を使って「変な姿してますね」とか言わないようにしていたのに、とどこからともなく怒りが湧く。ついでに言わせて貰えば海に飛び込んだのはお前のせいだからな。


「じゃあ言わせて貰うけど、何なのその見た目!何と何と何を混ぜ合わせたらアンタみたいな見た目になんの?!それにねぇ、元はと言えばアンタがずーーーーーっと私に話しかけてくるから夜も眠れないし、親や近所の人からも気味悪がられるし、このままだとまともに生きて行けないから死のうと思って崖から飛び降りたんだよ!バカ!!」


 やっと言いたい事を言えたからか、私はスッキリした。変な生き物は勢いづいた私の言葉を止める事もできずに受け止め、そしてようやく自分のしでかした事に気づいたのか、その目が悲しそうな形に変化した。


『オレの、所為か』

「アンタ何で私にずっと話しかけてたの」


 疑問が口をついて出た。しおらしくしてるとこの見た目もちょっとは可愛いのじゃないかとか、生き物をイジメてしまった罪悪感のようなものを感じてしまう。いかん、諸悪の根源に絆されるな私。


『オレの祠を綺麗に掃除して、供え物をしてくれたのはお前だけだった』

「祠ァ?」


 何年前の出来事だ?と頭を捻って考えると、そう言えば確かに小さい頃誰からも見放されたような古い祠を見つけてぱぱーっと埃やなんかを払って花の一つでも供えたような気はする。


『昔は誰かしらが気にかけてくれて花や何かを供えてくれた。それがとんと絶えて、どのくらい経ったのかオレももう覚えてない。凄く久しぶりで、嬉しかったんだ』


 それからそいつは海にまつわる神様として昔からこの辺で祀られていた事だったり、力が全盛期だった頃はしもべがいて、それらが話し相手になってくれていた事をぽつぽつと話し出した。


『人間はよく色んな事を知りたがった。豊漁だとか天気だとか、揉め事の解決方法だとか。オレは水のある所だったら大体の場所を覗けるから、誰がどんな話をしていたとかからおおよそどうなるかは推測できる』


 炊事場には水がめがあるものだし、井戸端では家事の暇を見て女性が噂話に盛り上がる。水のある所でした会話が筒抜けだったとしたら当人たちしか知らない事を知っているのは当たり前。水というのが清水に限らないのであれば、酒瓶や酒樽のある場所なんかも……?と気になって聞いてみたら肯定された。何という地獄耳。

 私にしつこく話しかけては「ねぇねぇ、どんな気持ち?」みたいに聞いてきていたのも、昔は人間の方からこの神様に聞きに行っては「解決しました、ありがとうございます!」でお供えだったり祠の掃除をまめにしてくれたりしていたからだそう。知らないよ、そんな事……

 つまりは、この神様による善意の空回りだったと気づいた私は脱力した。


『なぁ、お前これからどうすんの』


 神様に尋ねられて私は空を仰いだ。多分村には帰れない。説明しても神様の声が聞こえるんですって誰も信じてくれなそうだし。


「どっか知らない所に行って、のんびり暮らしたい」


 私はとにかく疲れていた。だから、何気なくそう言ったのだが。


『よっしゃ、任せとけ!オレいいとこ知ってんだよ!』


 予想外に張り切ってしまった神様によって、どこなのかもわからない謎の島に連れて来られたりだとか。その島に住む人々に神様と巫女様だー!と歓迎されてかなりのもてなしを受ける事になったりだとか。自分が望んだのんびりした暮らしを楽しめるようになったのは、また別の機会に語りたい。

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謎の生き物に懐かれた 水門根どりあ @Doria-MITO81

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