3 にらみ合い と 転げたふり

 店内でにらみ合う、男三人と女性シェフ。


 どちらも殺気だっていた。


 奥の調理場から食欲をそそる香りが漂ってくるが、今は息苦しい緊張感にされている。


 クオは額をさする。悪すぎるタイミングで入店してしまったことは間違いなかった。


「……学生か。見てわかんだろが、消えろ」


 男三人のうちひとりがじろりとクオとルカにすごむ。


 こちらが店に入った瞬間、誰とも構わず灰皿を投げつけてきたような存在だ。話が通じる相手には見えない。


「ふぇ……と……」


 クオは間の抜けた声をこぼしつつも、足下の灰皿を拾って立ち上がる。かたわらのルカを自分の背後に下げつつ。


「えとあの、ここでお食事をしようかと思っておりまして、あの」


 近くのテーブルに灰皿を置きながら、もじもじと口にしてみる。


 というのも、言われたとおり店を去ることはできなかったからだ。見るからに暴力的な気配の男たちを相手にしている料亭の主と思しき女性。


 良からぬ状況だとは充分に察せられる。


「うるせえ閉店だっつってんだろが」

「ひえ」


 凄まれて声を震わせるクオ。しかしその場からは動かない。


 女性シェフが一歩前に出た。


「いい加減にしろ、店を出るのはお前たちだ。

 何度も言わせるな。私はそんな証言しない」


 きっぱりと放ったその言葉に、大男三人はぴくりと同時に反応した。


 ゴツ、と重い靴音が響いた。大男たちは服装こそまちまちだがそろいの黒靴を履いている。


 軍用ブーツだ。


「…………あ?」「……チッ」

「話が通じねえなぁ。レイラてめえ、そんなに物分かりの悪いやつだったのか?」


 三人のうち、長髪を一つまとめにした男が一歩前に出た。レイラと呼ばれたシェフと身体がぶつかる寸前まで。


「てめえが証言さえしてくれりゃ、俺たちは今より良い状況を獲得できる。そんだけだ。誰が不幸になる? むしろお前の証言拒否が俺たちを不幸に──」


「不正には加担しない」


 レイラは相手の言葉を乱暴にさえぎった。


「何度来ても話はそれでしまいだ。店には二度と来るな。まっとうに生きろ」


「……まいったな、それは」


 レイラを見下ろしていた長髪の男は低い声になる。背後の連れに目配せすると、二人は無言でクオたちの方に顔を向ける。


「だったら俺たち、今後もお前の説得に店に通う必要があるってことじゃねえか。

 ……それには余所者よそものが邪魔になんだろ」


 ニヤリとした長髪男の口元に、レイラはその意図を察する。


 慌ててクオたちを見る。


「おいっ、あんたたち逃げ──」


「来る客全員、痛い目見せて追い出す必要あるよなあ!」


 長髪男の怒声が合図となり、二人の大男がクオに向かってせまった。


「あ、えと……」


 クオはまずルカを店の扉まで下がらせると、相手の初撃に身構えた。


 大きな手がクオの肩をつかもうと迫る。


 しかし指が接触する瞬前──


 クオはひょいとその場にしゃがみ込んだ。


「ひょわ」


 間の抜けた声の頭上を、ブンと大男の腕が空振りする。


 男の足元をクオはころんと前転した。


「!」


 後に続いていたもうひとりの大男が、足下に転がり込んで来たクオめがけてボールでも蹴るように足を振り上げる。が。


「ひゃあ」


 床を転がるクオはするりとその蹴撃しゅうげきから逃れた。回転しながらタイミングよく床を蹴って急加速したのだ。


 クオを狙った蹴りも空振りに終わる。


「──このッ」

 つかみかかろうとしていた男が殴りかかろうと振り返る。が。


「⁉ どぁ──ッ」


 不意の抵抗に身体の自由を奪われ、バランスを前に崩した。


 男の動きを止めたのは、彼自身だった。正確には彼の履く軍用ブーツの解けたひもが。


 クオが男の足元に伏せると同時に、軍用ブーツの紐をほどいていたのだ。

 次に彼が踏み込む位置に紐をさりげなく置くことも抜かりない。


 一瞬でほどこすにはあまりに器用な所業で、まさかクオの仕業とは気づかれていない。


 拳を振りかぶったまま前傾した男と──

「だぁッ」

「ぅお⁉」

 蹴りが空振りした片脚立ちの男が衝突した。


 ごづん、と鈍い音。鼻っ柱どうしが勢いよくぶつかる。


「──ッテェ……っ」「クソ……っ」


「てめえら何して──」

 鼻を抑えて呻く二人に、長髪男が苛立たし気な声をあげた。


 その喉元にひたりと刃物が置かれた。


 レイラが手持ちの大きな肉切り包丁を差し向けていた。


「──帰れ、お前ら。もう二度と来るな」

 少女に向かって暴力を振るおうとした者たちへ冷たい声で告げる。


「……」

 長髪男は刃越しにレイラをひらみつけるが、今は形勢が良くはないと判断したのだろう。無言で目をらすと歩き出した。


「──行くぞ」

「あ、ああ」「……チッ」

 長髪男にあとの二人も続く。体裁の悪さに顔を伏せたままだった。


「どうぞどうぞー」


 店の扉にいたルカが、立ち去る三人のために扉を開けてやった。

 暢気のんきなルカを無視して、大男たちは姿を消す。


「──ルカっ、大丈夫でしたかっ」


 扉を閉めたルカにクオは素早く駆け寄った。


「あ、あぶないですよっ、ちゃんと逃げないと」

「ぜーんぜん平気だよ。クオの方が危なかったじゃない」

「いえっ。わたしは問題ありません。たまたま前に転げてしまっただけ、でした、ので」

「ふぅーん?」


 ぎこちなく答えるクオを、ルカは探るような目で覗き込む。


「そしたら相手が勝手にコケちゃったと」

「そ、そうですそうですっ」


 クオはぶんぶんと頷いた。


「なのでそのっ、普通の生徒にあるまじき行動などはとくに──」

「ふむふむ、なるほどー」


 ルカはにんまりする。


「誰がどう見ても、きみは『普通の生徒』ってことだね」


 ──ひと月ほど前の文化祭時期、クオは放課後に道で生徒をカツアゲするならず者に遭遇そうぐうしたことがある。その時は「逃げていたら偶然こぶしが当たった」という体で制圧したのだが、攻撃してしまったことは事実だ。


 そこで今回は相手の靴紐を解くことで自滅を誘う小細工をほどこしてみた。


 攻撃力こそないが、やんわりと、しかし確実に相手を制圧する。


 クオは地味ながらも、「普通の生徒」として日常に溶け込むための妙案と技能を磨いているのだった。


「ふへ、そうです、わたしは『普通の生徒』なので」


 クオが合格でももらえたようにふにゃりとするので。


「照れてる照れてるー」


 ルカはその柔らかくなった頬をフカフカとむのだった。


「あの……」


 ぼそっ、と低い声がして二人が顔をあげると、包丁を手にしたままのシェフ──レイラが伏し目がちに口を開いた。


「す、すまなかった。騒がせてしまって。その……」


 クオとルカがじっと見ていると、ぼそついた声で、


「お詫びに定食を出すので、もし、気分悪くしていなければ……どうかと」


 彼女はずいぶん口下手なようだった。ぶっきらぼうで怒っているようにも見える。


 しかし悪い人には思えない。


 クオとルカは顔を見合わせる。


「あ、はい。よろろ、よろこんで、ぜひとも」

「わーい。定食食べたーい」


 二人の反応に、レイラはほっとしたように口元をゆるめていた。

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魔女狩り少女のぼっち卒業計画 後日譚 熊谷茂太 @kumaguy_motor

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