うるうるうるうる

藤泉都理

うるうるうるうる




 かち割り・ぶっかき氷。

 ボールアイス。

 クラッシュアイス。

 スティックアイス。

 ダイヤアイス・キューブアイス。

 ブロックアイス・角氷。

 プレートアイス。

 ふわふわかき氷。

 しゃりしゃりかき氷。






 連日三十五度以上の猛暑日。

 昼は元より、朝も夜も涼しい時間帯なんか消え去ってしまった、七月。

 明日からは八月。

 夏本番。

 気象庁によると、十月まで気温が高い日が続くという。

 地獄。ええ、灼熱地獄。

 あと、この灼熱地獄が三か月も続くといふ。


「あの。あのっ。大丈夫ですか?大変。返事がない。救急車を呼ばなく「いえ!あ。大丈夫。です。熱中症じゃありません。すみません。邪魔でしたよね。お先にどうぞ」


 私は慌てて話しかけてくれた女性に場所を譲った。


 夕方五時半。

 仕事の帰り道。

 アスファルト塗装の道路と茶色の地面が並列する一本道。

 厚い雲のおかげで夕焼けが一筋も射さないが、それでも、我武者羅に暑い中。

 誘蛾灯よろしく、いつの間にか引き寄せられては、とても冷たい光を放つ氷の自動販売機の前を陣取っていたらしい。

 超迷惑客じゃん。

 猛省しつつ、けれど、氷の自動販売機から背を向けて完全に離れられず。


 足が重くて動きたくないという単純な理由と、高級氷だけどいいんだ偶にはいいじゃないか買ってやろうじゃないか高級氷を買ってやろうという欲求と、冷たい光を放ち続ける自動販売機をずっと見ていたいという欲求が絡み合って、氷の自動販売機から少し離れた、茶色の地面に佇んでいた。


 ごめんなさい不気味ですよねごめんなさいけれどあなたを見ているわけではありません自動販売機を見ているんですそれでもごめんなさい。


 氷を買う女性に心中で土下座をしつつも、氷の自動販売機から目を離せなかった。


 どうしようもない。


 ああ、何でだろう。暑さにやられたのかな。何か。何だろう。

 ひどく情けなくて、泣きたくなる。

 さっさと家に帰って、さっさと冷房を入れて、すぐに冷たくなる狭い部屋で寛げばいいのに。

 何で私は未だに外に、しかも立ち続けて、暑さに苛まれ続けているんだろう。

 ああ、そう言えば、ひどい暑さ、熱ストレスもサイレントキラーって言うんだっけ。

 気付かない内に殺すって。

 はは。


「あの。あの!どうぞ!」

「あ。わざわざ。どうも。すみません」


 パンパンに膨れ上がっている銀色の保冷バッグを見ながら、女性に頭を下げつつ、自動販売機の前へと移動する。




 ああ、冷たい、とても冷たい、




「おい、不審者」

「ごめ………ああ。きょんちゃん。おひさあ」

「おひさあ。じゃないよ。あんた。何してんの?」

「涼んでる」

「取り出し口に頭を突っ込んで?」

「あはは。やだなあ。突っ込んでないじゃん。立ってるだけ」

「突っ込みそうな雰囲気なの。ほら。もう、行くよ。私の友達を心配させんなし」

「友達?」

「さっき氷を買いに来た女性が居たでしょ。私の友達。宅飲みしようって約束してて。偶には高級氷もいいねって、今日使おうって話もしてたの。それで、私の家に来る途中にあの氷の自動販売機で高級氷を買おうとした時に、不審者のあんたが居たってわけ。救急車呼んだ方がいいかもってずっと心配してたの」

「それは。本当に。すみません。それで私はどこに連れて行かれるんでしょうか?」

「私の家。明日はあんたも休みでしょ。宅飲みに招待してあげるからついてきな」

「………いいよ。私、臭いでしょ?」

「シャワー貸したげる。下着も服も前に泊まりに来たのがあるから」


 どうしてか、うるうるした。

 うるうるうるうる。


「………ちょっと、待って。私も、高級氷買う」

「いいいい。友達が全種類買ったから。無理すんなし」

「それでも。買う。一番高いの。買いたい。買う」

「あ~あ~わかったもう。買え、買え。好きなだけ買え」

「うん」


 私はリュックサックから財布を取り出して、一番高い高級氷を買おうとして。

 買おうとして。


「あれ?私は何を?」

「取り出し口に頭を突っ込もうとしてた」

「………まじか?」

「まじまじ」


 ほらもう行くよ。

 取り出し口に両手を突っ込んでいた私は、差し出されたきょんちゃんの手に手を乗せると、きょんちゃんに引っ張られるまま歩き出したのであった。




(高級氷は、また今度、買おう)











(2024.7.31)



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うるうるうるうる 藤泉都理 @fujitori

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