第6話 序章

 地球。

 全ての生命の生まれ故郷……そう呼ばれていた時期もあった。

 今では外宇宙に生命体がいるというのが学者の意見だ。

 ミラー地球と呼ばれる地球とは鏡の世界があるらしい。

 地球外生命体の存在も数学的に実証されている。

 膨大な量子コンピュータが宇宙の成り立ちを分析した結果、宇宙の誕生であるビッグバンが起きたさい、地球と反対側に伸びたエネルギー体は同様に地球のような星を産んだ。

 だが銀河の端と端では接点がない。宇宙航行も30年単位で限界が訪れ、30光年の距離にある星々を数えて終わった。

 最新の推進剤、航行技術では限界が来ている。

 人の寿命も120年ほどで潰え、宇宙という広大な世界を前にただ圧倒されるだけだった。

 外宇宙航行母艦も、まさに内乱を起こし、多くの宇宙飛行士が血を流した。

 人の精神を狂わせるには充分すぎるほど、宇宙は冷たかった。

 精神衛生の観点からも、人一人が宇宙航行をするには30年と云われている。

 天の川ですら2万6千光年かかるのだ。

 これから先、さらに宇宙の外に行くには、人間は未熟すぎた。

 思考の発露も打ち止めになり、これ以上の進歩は見込めないとされている。

 だが、宇宙に進出したことで地球温暖化は食い止められ、今は安定している。

 人はまだ先がある、なんて声も少なくない。

 そんな小市民が住まう地球に向けて軌道エレベーターが動きだす。

 ゆっくりと降下を開始し、相対速度時速10キロという鈍足で大気圏へ侵入する。

 摩擦熱の起きない速度だがあまりにも遅すぎるとは僕も思う。

 が、ショックコーンと自然災害の観点から慎重にならざる終えないのだろう。

 このエレベーターで火星に来たのだな、という実感が足元を這う重量が嫌でも教えてくれる。

 宇宙人などいるはずもない。

 その言葉も理解できる。

 こんなにも理不尽で、無秩序なのだから。

 青い空が眼下に広がる。

 ウーラシア大陸と言ったか。

 あの地表に何万という同胞が住んでいる。

 そこに細い筋、列車が見える。

 人類が開発したリニアモーターカーだ。

 その速度は時速500~600キロ。それ以上の速度を出すと乗客は失神してしまう。

 それを恐れあえて鈍行にしている。

 なんという宝の持ち腐れ。

 人類の叡智がそこにあるというのに。

 僕はこれからあれに乗り、本社ビルに向かうのだ。

 もしアナトの所在があれば……。

 民事で解決できるのだろうか?

 場合によっては刑事告訴もあり得る。

 もし盗んだのなら、の話だが。

 空気の澱みに触れたのか、エレベーターが激しく揺れる。

「神様〜」

 へっぽこ探偵は居もしない神とやらにすがっている。

 みっともないとしか言いようがない。

 強風に煽られ、左に旋回するエレベーター。

 そのまま世界が反転する。

 ひしゃげ、グズグズに崩れ落ちる。

 0.002ヘクトパスカルの気圧の中、僕が最期に見たのは自分の顔だった。

 ベルトコンベアが荷物を吐き出す音がした。


 ここが天国だろうか?


「神様〜」

 へっぽこ探偵の神に祈る声が聞こえる。

 戻った。

 いや夢か。

 まるで予知夢だった。

 ぐっしょりと脂汗で濡れた上着を煽る。

 風に煽られ揺れているのはこの軌道エレベーターの方だった。

 風が和らいできて、僕はホッと胸を撫でおろす。

「俺たち、生きているよ〜」

 嬉しそうにニヤリと笑うへっぽこ探偵。

「これは祝い酒だな!」

「飲みたいだけでしょう?」

 この男は隙あらば飲もうとする。

 大柄な割に弱虫で、すぐに泥酔して、最後は眠りにつく。

 それを支える身にもなってほしい。

 誰が喜んで中年太りした髭面を守りたいと思う?

 冷静に考えてほしいとも思う。

「ああ! 飲まないでください!」

 いつの間にか、酒を口につけるへっぽこ探偵。

 飲めばその才能を発揮するが、事件でもない限り厄介な酔っ払いでしかない。

 只の酔っ払いには価値がない。

 未成年の僕には酒の良さなど分かるはずもなく、ただ無駄に浪費するだけの所業と決め込んでいた。

「ぷはー、効く」

 効く、とはどういうことなのかまったく理解しないまま、眉間にしわをよせる。

 幸いなことに彼は暴れたりはしない。

 だが体重八十キロの巨体は身にこたえる。

 細身の僕ではまさに骨が折れる仕事と言えよう。

 また彼の飲酒時の推理は国家レベルでの黙認がされている。

 僕は介護でもしているのだろうか?

 ふつふつと湧いた疑問は怒りとなり形に出る。


 コンテナが流れる。


 いけない。

 これではあの母と同じ道を歩んでしまう。

 僕は頭から雑念を振り落とすように首をふる。

 冷静になった僕は軌道エレベーターの到着予測時間を確認する。

 八時間後。

 この時間なら酔いも覚めているだろう。

 なにせ宇宙と地球は百キロほどの距離しかないのだから。

 トキョーとセンザイ間が三百キロ。トキョーとナドヤ間が三百六十キロと聞けば、その手軽さが分かるだろう。

 人は重力圏を離れて暮らすようになって半世紀。

 まだまだ問題はあるが、直に解決するだろう。

 専門家の意見はなかなか正しそうに思える。


 ざざ。


 頭の包帯をほどく母。


 ざざ。


 今のビジョンは……。

 めまいを覚えた僕は酔っ払いのそばで寝息を立てる。

 夢を見たくて。

 消えたくて。


 涙が零れ落ちた。


 僕はなんて弱く、もろいんだ。


 しばらくして、へっぽこ探偵のいびきで起きる。

「風邪ひきますよ」

 僕は彼にそっと毛布をかぶせる。

 科学の進歩があるにも関わらず、未だに羽毛の代替商品がないのは何か違和感を感じる。

 むしろ羽毛の需要は高まり、こうして毛布になっているわけだが。

 科学反応で合成するよりも、鶏のような鳥類の方が育てるのが楽という。

 その羽毛も肉も、まるで人のために生まれてきた鶏だが、その歴史は古い。

 紀元前から家畜として飼われ、あますところなく利用されている。

 卵を産み、子を育て、増える。その自然の摂理に従うなら、鶏とて人の家畜になるのだろう。

 僕は家畜にはなりたくないが、もし神様のような完璧な存在がいたとして、その彼に僕は従うのだろうか?

 もし神様がいる前提ではあるが。

 神様の前では人も家畜なのかもしれない。

 ふわっと漂うアーモンドのような香り。

 僕はふと外の景色に心奪われる。

 青い海と新緑の森林群。

 なんだか懐かしい気持ちさえ覚える我らが故郷。地球。

 その一部となり、地表へ向けて加速する鉄の箱。

 神なんていない。

 一瞬でも信じそうになった馬鹿な頭を持ち上げて携帯端末をいじる。

 すべては科学の進歩の結果だろう。

 端末で鉄道の予約を確認し、地表に降り立つ。

 軌道エレベーターの終着点。そこにあるエプロンにたどりつく。

 入り口付近で僕はへっぽこ探偵と一緒に近くの列車に向かう。

 鉄道のインフラが徹底されている。

 熱汚染が一つの要因だが、この鉄道を否定するものも少なくない。

 特に新興宗教団体『しらべ』は鉄道の使用を警告している。

 狂信者の集団と云われているが、実は営利目的の企業団体とも言われている。

 ミサイル一基、ライフル一丁の価格をすぐに消費する。これほど楽な商売もないだろう。

 そんな彼らの言う神とはなにか?

 いるはずもない存在にすがり、自らの歩みを止める。

 本当にそれでいいのか。という問いかけは彼らには通じないのだと暗く冷たい気持ちになる。

 話し合っても分からないから対立する。

 一部の者は己の正義を信じ反発、あるいは暴走する。

 大きく膨れ上がった組織では末端の個人までは管理しきれない。

 暴走する者を追放するくらいしかできず、それさえも組織のためにやったという免罪符を片手に引き金を引く。

 その意味さえ知らずに。

 わからずに。

 人は引き金を引く。

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