17:お姫様で、主人公!
「……リトルテディ。私、怒ってるのよ」
頭のすみっこに隠れていたぬいぐるみを、私は力づくで引きずり出した。
あのときは焦っていたからいけなかったけれど――そう簡単に、『親友』との話し方を忘れるわけないじゃない。
妄想が特技の私から逃げようだなんて、いい度胸だこと!
「どうして出て来てくれなかったの?」
『だってぇ……』
復活したばかりのリトルテディは、私の顔色をうかがいながら、もごもごと話し出した。
『今の姫さまには、もうボクは必要ないんですよ』
「……ふぅん?」
『ホンモノのお友だちも、ホンモノの王子様も、いるじゃないですか。ボクみたいなイマジナリーフレンド――ニセモノの従者と話さなくたって、姫さまはもう立派にやっていけます』
その言い分を聞いて私は、はぁ、とため息をつく。
「あのねぇ、そういう問題じゃないの」
私が妄想で作り出した存在だっていうのに、分からず屋ね。
それとも……私の中の私が、ずっと思っていたことなのかしら。イマジナリーフレンドなんて普通じゃない、いつか空想の世界とお別れして、現実だけでやっていけるようにならなくちゃ、って。
でも……今の『私』は、そうは思わない。
「ホンモノとかニセモノとかは関係ないのよ。あなたはあなた。他の誰かで代わりになるような存在じゃないの!」
『……!』
リトルテディが目を見開く様子が、見えた気がした。
「いい? 姫さま命令よ。これからも私とお話をしてちょうだい。あなたは私のお友だちなんだもの!」
『ひ、姫さまぁ……!』
「ふふ。空想も、現実も、どっちも手放すつもりなんてないんだから」
私は、頭の中――妄想の中で、大事なお友だちに笑いかける。
「お姫様は、欲張りなのよ!」
教室は、今日もみんなの話し声で満ちている。
「ひーめちゃんっ」
机にやって来たのぞみさんが、私を呼んだ。
「入部届、書いた~?」
「もちろんよ!」
「ふふー、わたしもだよ!」
いっせーの、でプリントを見せ合う。
二枚の入部届けには同じ文字が――『美術部』が書かれていた。
「おお~! 一緒に本入部だねぇ!」
「これからものぞみさんの絵が見られるのね。楽しみだわ!」
「……あ、そうだ。姫ちゃんに一つ聞いておきたいことがあったんだけど」
「? 何でもいいわよ」
そう言うと、のぞみさんはおずおずと切り出した。
「……『姫ちゃん』じゃなくて、『咲良ちゃん』って呼んだ方がいいのかなって」
「あ……」
『お姫様』の姫ちゃん。
身の丈に合わない『お姫様』と呼ばれることも、『変わってる子』のハンコを押されることも、ほんのちょっとだけコンプレックスに感じていた。
でも、今は……そうね。
「どっちでもいいわよ。どっちの呼び方でも……私は私だから!」
「そう~?」
ちょっとだけ、胸を張れるようになったから。
「じゃあ、『咲良ちゃん』って呼んじゃお~っと! かわいい名前だなって思ってたんだよね~」
「ふふ、のぞみさんもステキな名前だと思うけどね」
「……あ、咲良ちゃんも、『のぞみちゃん』って呼んでいいんだよ~?」
「えっ」
思ってもみなかった提案をされて、私は一瞬固まる。
確かに、その方がなかよしな感じがするけど……わざわざ言われたのは、初めてかもしれないわ。小学校では知り合いが多くて、『さん』付けにもツッコまれることがなくなっていたから……。
おそるおそる、その名前を呼んでみる。
「……のぞみちゃん?」
「うん~!」
「な、何だか不思議な感じね……」
でも、のぞみさん――のぞみちゃんがうれしそうにしているから、慣れていきたいところよね。
隣の席から奈帆さんが、え! と顔をのぞかせる。
「いいなぁ! あたしも『奈帆ちゃん』って呼ばれたいんですけど!」
「ふふ~、美術部のキズナってことで~?」
「ぜ、善処はしてみるわ!」
すぐにできるかは、分からないけどね……!
始まって一ヶ月くらいの中学校生活だけど、クラスでも部活でも、何だかんだでやさしい仲間たちに囲まれている。
これからも、平和な日々が続きますように。
「サクラ! パレットの浄化が完了したぞ!」
そして、いつもの帰り道。
ネロくんと、その肩に乗ったアクアちゃんが私を待っていた。
「も~~~大変だった! あのインク、すみっこの方まで染みててなぁ……」
「あらら……お疲れ様だわ」
「でもついでに、攻撃魔法を弾くよう強化しておいたからな! これからはシールドとしても使えちゃうぞ!」
「どんどん高機能になってくわね!?」
ただでさえすごいパレットだったのに、もっとすごくなってしまう。防御にかく乱に……そのうち、こっちからも絵の具弾が撃てるようになっちゃったりして。
そんな妄想を繰り広げていると、くすりとネロくんが笑う。
「ふふっ。アクアちゃんがチカラを取り戻してきているから、ね」
「あ……」
「これは、咲良のがんばりの成果なんだよ」
私の。私の物語が、開いた扉。
……何だか、すごくうれしいわ。私が、私たちが、前に進めてるって証拠が目に見えるのは。
夕焼けに照らされた私たちの影が、長く伸びている。
「咲良は、前に……自分はニセモノのお姫様だって、言ってたよね」
「……ええ」
「あのとき、きみをうまく励ますことができなかったこと……ずっと、考えてたんだ」
「そんな、気にしないでいいのに」
……でもそれって、私が納得してなかったの、バレてたってことよね。何だか申し訳ないし、恥ずかしいわ。
そんな私に、ネロくんは言う。
「咲良はきっと……王子様を待つだけのお姫様ってだけじゃなくて。一緒に戦う、誇り高い
「主人公……私が?」
「うん。僕たちは、咲良が一緒にいるから前へ進めるんだよ」
物語の、主人公。
臆病な普通の女の子には、荷が重いと思っていた。
だけど今は、その重さなんて気にならない。隣で支えてくれる、大切な仲間がいるんだもの。
(……あのとき、手を取って正解だったわ)
今なら、そう断言できる。
そんなことを考えていると――す、とネロくんから手を差し出された。
「……あ」
握手を求めるようなそれは――公園の片隅でいつか見たのと、同じ景色。
ネロくんは、私に向かってほほ笑みかける。あのときより、やわらかい笑顔で。
「これからも、力を貸してくれるかい? 僕のお姫様」
顔色を変えもせずに、そんなセリフを口にしたネロくんに……私は、軽く頭がくらりとする。
いつものことだけど、この天性の王子様ったら。
「……またあなたは、そういうことを……」
「えっ? 僕、何か変なこと言ったかな」
「いえ、いいの、気にしないでちょうだい」
まったく、油断も隙もないんだから。
でも、これが――ネロくんって人、よね。
私はふふっと笑って、その手に自分の手を重ねる。
「もちろんよ。こちらこそ、頼りにしているからね――私の王子様!」
臆病なお姫様は、広い世界に踏み出した。
時には息を切らして、時には転びそうになって……それでも、進むことを止めはしない。
思い出も今も、空想も現実も、全部パレットに詰め込んで。
私は、私らしく――色とりどりの世界を、描いていこう。
さくらパレット 乗倉いのり @norikura_inori
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