16:大切な色だから
どさりと地面に倒れ込んだ黒フード。
肩で息をしながら、その場に立つネロくん。
「や、やったわ……!」
やったんだわ!
私は喜びのままにネロくんに駆け寄ろうとして、
「サクラ~~~!!」
「わぶっ!」
その前に、アクアちゃんに顔面へと飛びつかれた。ど、どこから飛んできたの一体!
「よくがんばったなぁ!偉い偉い、とっても偉いっ!」
「あわわ……」
「あははっ、落ち着いてアクアちゃん」
ネロくんがこちらにやって来る。
「……ごめんよ、咲良。守るって言ったのに、ぎりぎりまで危険な目に遭わせてしまって」
「いいのよ。ちゃんと最後まで守ってくれたんだから!」
少し汗をかいているけれど、苦しそうには見えない。今のところは、『呪い』の影響は大丈夫そうね。
アクアちゃんが、ぴょんっと肩に飛び降りる。
「……なあなあ。あの花びらは、どこから出したんだ?」
「そう、それなんだけど……」
私は、手の中に握っていたモノを、二人に見せる。
それは、かつて押し花のしおりだった紙きれ。
「……ああ……」
覚悟はしていたけれど……ボロボロになってしまったのは、悲しいわね。
ともかく、二人に事情を説明する。お守りとして持っていたしおりのこと、押し花の正体が『桜色』のコロルだったこと、それを使ってパレットが使えない中でも桜吹雪を起こせたこと。
「ああ……そうか、あのとき持っていた……」
「……サクラからコロルの反応があったのは、これだったんだな」
「そういえば、ちゃんと見せたことはなかったわね」
美術部で言い合いが起こった日の帰りくらいしか、外に出していないから……アクアちゃんに関しては、一度も見てなかったんだっけ。それは確かに、気づかないわよね。
「あの桜吹雪が見えた瞬間……力が湧いてきたんだ」
ネロくんが、胸に手を当てる。心臓のある場所……心のある場所。
「『桜色』のコロルが……それに咲良が、力を貸してくれたんだ。ありがとう」
「……ふふ」
よかった。あのとき諦めないで。
ネロくんに任せっきりにせずに、私にできる精一杯のことをやれたんだわ。
すると、アクアちゃんが言う。
「そのしおりは、本当にサクラの『お守り』になったんだな」
「え?」
「『桜色』のコロルとして、サクラのことを守ってくれただろう? ちゃんと役目を果たせたんだ」
……それなら、よかったのかもしれない。
私の名前と同じ読みの色が、私の切り札になってくれるなんて、うれしい偶然もあるものね。
それとも……これも、運命だったのかしら?
『桜色』のコロルがおばあちゃんの手のもとで押し花になったのも……それが私のところに巡ってきて、『お守り』になったのも……コロルのチカラを使えるようになった私が、コロルに守ってもらえたのも……全部、つながっていたのだとしたら。
(……おとぎ話みたいね)
現実が空想を超えてしまうことも、あるのかもしれないわ。
さて。
「あとは……コイツをどうするか、だよな」
私たちが地面に倒れたままの黒フードを見ると、彼(彼女?)は、びくん! と肩を跳ねさせる。
そして、降参です! と言わんばかりに、がばっと両手を挙げた。
やっぱり、見た目はかわいいんだけどねぇ……。
「うーん……咲良たちを狙ってきた理由が分からない以上、完全に倒すわけにもいかないんだよね」
「サクラ、どうする?」
「え、私?」
「サクラを襲ってきたんだから、サクラの好きにしていいぞ」
それは確かにそうね。
「だったら……」
私は少し考えながら、魔法のパレットを開いた。
筆先に少しだけ残った『桜色』で、ちょい、ちょいと小さな花を描く。
それから――緑色に、黄色と黒をちょっぴりずつ混ぜて……。
「『アイビーグリーン』……こんな感じよね」
ツタを編み込むように曲線を、ぐるりと輪になるまで描いて。
そこに、さっき作った桜の花を、差し込めば……。
「トリドリ・イロドレ・イロドリカ!」
ぽふん、と現れたのは――花かんむりだ。花はちょっと少ないけど、まあいいでしょう。
私はそれを手に取って、黒フードの前にしゃがみ込む。
「はい。あげるわ」
「……■■■■■?」
「ええ、そうよ。この『色』はあなたのもの」
首をかしげる黒フードに、私はそう諭す。
私が選んだのは……黒フードを倒すことじゃない。
黒フードにも、『色』を分け与えること。
甘いって言われるかもしれない。敵に情けをかけるなんてって言われるかもしれない。
でも……私は、こうしたいって思ったから。
「……だから、もう悪さはしないでちょうだいね?」
「■■■■■!」
うれしそうに、ぺこんとおじぎをする。
そしてそのまま、とてとてと駆け出していった。
「あっ、逃げちゃった……」
あの短い足で、よくあんなに走れるわね。
黒フードを見送りながら、ネロくんたちの方を振り返る。
「よかったかしら、これで」
「まあ、好きにしていいって言ったからな。これで、ワタシたちのことを追いかけてこなくなればいいんだが……」
「……咲良こそ、よかったのかい? きみを危険な目に遭わせた相手だよ?」
心配そうに言うネロくん。
そうね。本当は許すべきじゃないのかもしれない、けど。
「……あの『黒フード』の行動って、心引かれるキレイな色を追い求めているみたいに見えて……。それが何だか、他人事に思えなかったのよね」
だって、私もそうだから。
私の絵は、そうやって生まれるから。
心の引かれる『色』を混ぜて、心躍るような『色』を作って、スケッチブックの上を彩るの。
それに……。
「『黒』だって――絵を描くには欠かせない、大切な色の一つでしょう? だから、仲良くなれるのなら――それが一番かしらって」
『ダブグレー』にも、『アイビーグリーン』にも、黒の絵の具を使ったものね。
入れすぎたら、色を台無しにしてしまうかもしれないけど。
うまく使えば、仲良くできれば……使える色は、ぐっと広がる。
「まあ、うまくいったのかは、分からないけど……」
「咲良……」
ネロくんは、少し間を置いて……ゆっくり、噛みしめるように言った。
「……ありがとう」
「ふふ。大したことはしていないわよ?」
重たい何かから解放されたような、リラックスした表情を浮かべるネロくんを見て――私は、にこりと笑ってみせる。
「どんな色をまとっていたって、あなたはいつでも眩しくて、かっこいいんだから!」
黒い剣、黒い服、黒いツバサ。
それでも『暗い』とは少しも思わせない、ネロくんの光。
それは、どんな色よりも鮮烈だ。
「――あのときのワタシは、何も分からないまま『魔女』のことを拒むしかなかったが……もしかしたら、分かり合える道も、あったのかもしれないな……」
「アクアちゃん?」
「いや、何でもない! ただのひとりごとだぞ!」
……何にせよ、ネロくんの心の痛みを、私が少しでも和らげることができていたなら。
そうだったら、とてもいいことだと思う。
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