第31話 旅の終わり③ーー第1部完ーー

「ここでお別れだ」


 城壁に備え付けられた関所が見えてきたところで、支度を整えて馬車から降りた。乗る時よりも荷袋が重いのは、料理人のおばちゃんが肉やら野菜やら、食えそうなものを詰め込んでくれたからだった。


「宿が決まったら教えてくださいまし。わたくしとフェルがお迎えにあがりますわ」


「寂しい。お兄さんのにおいがかげなくなるなんて。うぅ」


「ふたりともありがとな。楽しい旅だったよ」


 フェルが縷々と涙を流しながらなにか言ってるがスルーした。


「ミレートさん!」


 ステップから地面に足を下ろした俺を、ロシナの声が呼び止めた。


「これをお持ちください」


「これは……?」


 彼女の手から渡されたのは銀色のペンダントだった。


「王家の紋章が刻まれた首飾りです。王族が廷臣や爵位を持った貴族に授けるもので、関所を通るときに役に立つはずです」


「いいのか? 俺はただのはぐれ者だぞ?」


「いいえ、あなたはもう私たちの仲間です。いつでも頼ってください。このくらいしか感謝の示し方がわからない世間知らずで、恥じ入るばかりです」


「いや……ありがとう。俺こそ感謝ばかりだ。大切にするよ」


 王家の首飾りを胸元にしまい込み、俺はロシナと見つめあった。


 長いようで短い旅だったが、ロシナとはもっと色んな話がしたかった。彼女の心の支えになれたら、と分をわきまえずに思ったこともある。


 ジュジュとフェルとは会う機会もあるだろうが、ロシナはこの国の王女だ。これを最後に、次はいつ会えるだろうか……そう考えこむと、上手な別れの文句が思いつかなかった。


 そんな空気を察してか、ジュジュがロシナの後ろから首を出した。


「はーやめやめ。もー辛気臭いったらありゃしないですわ〜。どうせあなたのことは王様への報告のときにお話しますし、ロシナ様ともじきにまた会えますわ」


「そ、そうか……」


「あなたはそれだけの栄光に浴するだけのことをした、と申し上げているのですわよ」


 唐突に真剣な顔になると、そう言った。


 フェルも、泣くのをやめて俺を見つめる。


「お兄さん。また会おうね。約束」


「どうかまた会うまでお元気でいらしてくださいませ、ミレートさん」


 フェルとジュジュのあいさつは、短いが気持ちの伝わるものだった。


「ミレートさん」


 最後にロシナがステップを降り……俺のことを抱きしめた。


 柔らかい香りに包まれ、俺は硬直してしまう。前にも同じことをされたが、あのときはジュジュとフェルがあいだに入っていたのだ。


「ロ、ロシナ……!」


「あなたの武勲を称えます」


「――……!」


 ロシナの静かな声が、俺の浮ついた心を鎮めた。


 そして……


「本当に、ありがとう。そして、また会いましょう――最高の回復術士さま!」


 それが、別れのことばになった。


 馬車から離れると、戸口から顔をのぞかせる三人に手を振った。馬車の長い列が関所を通り、正門に吸い込まれていくのを、俺は黙って見送った。


 

  *



 王家の紋章を見せずとも、都に入るのは簡単だった。ひとの往来が多いため、門番たちもいちいち旅人の素性を改めたりはしないようだった。


 正門をくぐり抜けると、石畳の街が姿を現した。

 

 どこまでもまっすぐに大きな舗装路が続き、その両脇には建物がびっしりと整列していた。


 行き交う馬車の数も、ひとの数も、前に暮らしていた町とは比べ物にならないくらい多い。


 一瞬、ひとの多さに驚いて立ちくらみをおぼえる。


「これは――すごいな......」


 歩を進め、正門前の広場に入る。


 中央には噴水を囲うように石製のベンチが輪を作り、老若男女の憩いの場となっていた。


 吟遊詩人らしいひとが軽量の竪琴をかき鳴らしている風雅な音も聴こえてくる。


 なにか甘い香りがすると思ったら、出店があるのだ――祝祭日でもないのに……!


「うわぁ。うわぁ……!」


 子供みたいに目移りしてしまう。

 

 なにもかもが新鮮で、目に飛び込んでくるすべてが俺をわくわくさせた。


 これが……俺がずっと見てみたいと思っていた王都。


 この旅の終着点……。

 

「おーい! ミレート!」


 ベンチに腰を下ろして目を休ませていると、聴き馴染んだ声が聴こえてきた。


 振り向くまでもなく、それは――


「ミレート大回復術士殿!」


「――ガルマのおっさん!」


「おっさんは余計だ!」


 街道を守護する警備隊『エルマンダー』の隊長、ガルマだった。


「久しぶりだなあミレート! 王都に行くと言っていたからどこかの街道でばったり巡り合うかと思ったが、一度も出くわさないから心配していたんだぞ!」


「ああ……そうか。ここまでガルマの言っていた馬車に載せてもらってきてたんだよ」


「なるほど、ではどこかでそうと気づかず追い越したのかもしれないな。どうだった、商人のキャラバンは面白かったか?」


「……!」


 あれは王族の馬車だったなどとは口が裂けても言えない。


 俺は思っていることが顔に出ないよう、笑顔を作ってみた。


「楽しかったよ。もう一度、旅をしたいくらいだ」


 ガルマは首をかしげ、俺の顔をじっと見つめた。

 

「――ミレート、お前……なにかあったか?」


「え?」


 まさかロシナたちのことがバレただろうか? と心配になったが、そうではないらしい。


「……なにか吹っ切れたみたいだな。面構えがまるで違うぞ」


 俺はこの旅のことを思い出す。短いようで長く、長いようで短かった、濃密な旅の物語を……。


「……そう見えるか?」


「ああ。成長したな」


 肩に厚い手のひらを置き、ガルマは声高らかに笑った。


「王都へようこそ。歓迎するぞ、ミレート」


「……ああ」


 遠くの教会から、鳩の群れが飛び立つ。


 昼を告げる鐘の音が、晴れ渡った空の下に響き渡った。



  *



 それから俺は街を歩き、宿をみつけた。


 安い部屋で良いかと思ったが、長旅の疲れを癒すには良いベッドが必要だった。部屋に入ると、白く清潔なシーツがまず目に飛び込んできた。窓の外からは朗らかな陽が差し込み、吹き込む風の心地良さも俺を昼寝に誘っている。


 ジュジュの「『宿が決まったら教えてくださいまし』ってわたくし申し上げましたよね?!」という文句が聞こえてきそうだが、まずはひと眠りしなければ。


 荷袋をテーブルに置くと、俺はベッドに体を横たえた。


 ああ、久しぶりのベッド……硬い床板と寝袋とはもうおさらばだ……。


 うとうとしかけた目をうっすらと開け、


「ジュジュ、フェル、ロシナ……」


 ごろりと寝返りを打つ。


 部屋はあまりにも広かった。


 これよりも狭い馬車のなかで、四人が寝起きしていたなんて信じられないくらいに。


「……みんなもう、城についたのかな」


 旅を終えた安堵感の隣に、ぽっかりと穴が空いていた。


 旅が終わったということは、旅の仲間とも別れたということだ。


 そうとは気づかないうちに、みんなの存在がいつのまにか大きなものになっていたのだ。


「……ひとりで過ごすって、どうするんだっけ」


 誰の寝息も聞こえない。


 静かすぎて耳が痛いくらいだ。


 旅に出る前までは、それが当たり前だったのに……今ではもう、居心地が悪くて仕方がない。


 寂しい。


「……飯でも食うか」


 腹が減ってるから、気持ちが落ち着かないのかもしれない。起き上がって荷袋の口を開くと、なかに腕を突っ込んだ。


 もぞもぞ……。


「……あれ?」


 おかしい、と気づく。


 さっきまで重みのあった袋が、突然軽くなっている。中を漁っても衣服などの感触だけで、肉や果物の肌触りがない。


「……?」


 ひとり眉をしかめてさらに奥に手を突っ込むと……


「ぎゃっ!」


 と袋の中から声がした。


「うわ!」


 慌てて手を引っ込めると、なかからしゅるしゅると音を立てながら……一匹の小さな竜が出てきた。


「ミレート! もうご飯はおしまいか!?」


「その声……リノか!?」


 小さな竜は口の周りを舌でぺろりと舐めると、前足で首をぼりぼりと掻き、テーブルの上で宙返りをし……


「それっ」


 見慣れた少女の姿に変化して、床の上に着地した。


「リ、リノ……どうしてここに! ロシナたちについていったと思ってたのに……」


「うー? なんかおいしそーなにおいがしたから、ちっちゃくなってこの袋の中に入ってたんだよ。あれ、ロシナは?」


 そうか……どうりで別れのときに出てこないと思っていた。ずっと俺の背中で肉を貪っていたのだ。


「……はぁ。ここは王都の宿屋だ。ロシナたちは城に戻ったよ」


「えー! じゃあロシナに会えないのか!? ヤダー! 大好きなミレートとロシナふたりいっしょじゃなきゃヤダー!」


「……大丈夫だよ。俺は城の人間じゃないから、こうして宿屋に泊まってるんだ。そのうち城に呼ばれることもあるかもしれないし、そのときは一緒にロシナたちに会いに行こう」


「ホントか! ほっとしたー! ほっとしたら腹減ってきたな! ミレート、肉食いたいぞ!」


「今俺のぶんまで食べただろ!」


「全然足りないぞ〜! 肉! 肉! に〜く〜ぅ〜!」

 

 柔らかいほっぺをぐりぐりと俺の胸に押し付けてくるリノを制しつつ、俺はため息をついた。


「……まだ騒がしい日々が続きそうだな」


「んなことより肉ぅ〜!」


「……はぁ」


 きっと、ロシナたちが城に戻ったことを祝ってのことだろう――雲ひとつない晴れ空に、祝砲の音が華々しく鳴り響いた。









(第1部『王都への旅』完)














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ここまでお読みいただき&応援いただきありがとうございました!


これにて第1部完結となります!


ミレートとロシナたちの物語はまだまだ続きますが、もしここまでのお話が面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたなら幸いです!


続きもがんばります!


どうぞよろしくお願いします!






(応援やご感想いただけると、すっごく嬉しいです! もしよろしければ、お願いします!!)


(山田人類)

 

 


 

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【第1部完結!】SSSクラスの天才ヒーラーだけど、冒険についていってもいいですか?~冒険者ギルドを追放された俺が出会ったのは、最強の勇者パーティだった~ 山田人類 @yamadajinrui

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