第30話 旅の終わり②

 夜。


 馬車の外に出て、御者台に腰を下ろして月を見上げる。


 空気は夏と秋の境目にあり、わずかな涼しさのなかに虫の音が聴こえていた。


 俺は包帯を取り、手の甲に刻まれた追放の印を月にかざしてみる。


 あの日――冒険者ギルドを追放された日から、いろいろなことがあった。


 ジュジュと、ロシナと、フェルと――そしてリノと。


 短い旅の間に、一生忘れないような出逢いがいくつもあった。


「……いい旅だったな」


 思えば、この追放の印を刻まれたときからすべては始まったのだ。


 おそらくは一生消えることのない、落第者の刻印だが……すでに俺の人生の一部になり始めている。


「ミレートさん、こちらにいらしたんですね」


 透き通った声に振り向くと、ロシナが馬車の影からこちらを覗き込んでいた。


「ロシナ? こんな時間にどうしたんだ?」


「ふふ、それはミレートさんもでしょう」


 くすくすと笑いながら歩み寄ってきて、御者台に足をかける。俺は手を貸した。


「よっ」


「あっ」


 登るときに少し体勢を崩し、俺の上に覆い被さる形になる。


「あっ……その、すみません」


「ううん……こっちこそ」


 ロシナの高貴な体温をすぐ知覚で感じ、恥ずかしさと気まずさを同時に味わった。


 隣に腰を下ろしたロシナは、しばらく髪をいじっていた。


 俺は、月を見上げながら、ゆっくりと口を開く。


「なぁ、ロシナ」


 ロシナを見ると、少し顔を赤くして驚いていた。


「あのとき、俺のことを信じてくれてありがとう」


「あっ……」


 なんのことか、話が通じたらしい。


「信じるというか……最初から、ミレートさんが失敗するなんて思ってなかっただけです。リノが回復してよかったです」


「さすがお姫様だな」


「もう、なんですかそれ?」


 困ったように笑うロシナに、こちらも頬が緩む。


「きみたちに会えてよかった」


 俺は彼女の目を見て伝える。


「ギルドを追放されて、放浪をはじめた時の俺はたぶん……死に場所を探してたんだ。今にして思えば、だけど」


「死に場所……」


 ロシナの頭の中には、あの森でのことが思い出されているのかもしれない。決して綺麗とはいえなかったあの森での決着の仕方を。


「どうしてかな。自分の安っぽい命をだれかのために燃やし尽くせるなら、それで全部が肯定されるような気がしていたんだ。駄目なヒーラーとして……追放された者として……でも、いまは違う」


 俺は言う。


「こんなにも、ヒーラーとしての力を必要としてくれる人たちがいるんだ。もう、俺の命も身体も、俺だけのものじゃない。だれかのための、だれかと生きるためのものなんだ。だから……ありがとう、ロシナ。きみと出会わなければ、そう思うこともできなかった」


「ミレートさん……」


 ロシナの目の端に涙が浮かぶ。


「必ず……都についたら、必ずギルド追放の件を取り消すよう、父から掛け合ってもらいます。少し時間はかかるかもしれませんが、それまでどうか、都に留まっていただけますか?」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


「……よかった。都はとても楽しいところですよ」


 心の底から安心したのだろう。純真な笑顔を見せたロシナは、ふふ、と息を漏らして月を見上げた。


「フェルもジュジュも、とても楽しそうでした。ふたりがあんなにだれかと仲良くなるのは初めてかもしれません」


「かわいい子供たちだよ。そしてなにより強い」


「ふふ。自慢のふたりですから」


「ロシナもな」


「私……ですか?」


「ああ。きみは強いよ。力だけじゃない……芯の強いひとだ」


「……もう」


 照れ隠しだろうか。ロシナは俺の肩にそっと手を置いた。


「……伝説の勇者は見つかりませんでしたけど」


 ロシナは言う。


「私もミレートさんに会えて、素晴らしい旅だったと思います」


「……照れるな」


「さっきのお返しですっ」


 今度は姫様らしくない、ちょっとやんちゃな笑みだった。


「……そんな笑い方もできるんだな」


「えっと……こういう感じのほうが、ミレートさんはお好きですか?」


「俺? うーん、そうだな……親しみやすくはある、かな?」


「そうですか……ごほん」


 なぜか咳払いをひとつして、


「……あーあ。旅が終わんなきゃいいのになー」


 砕けた口調で足をぶらぶらと揺らした。


「どっかの知らない国のおじさんと結婚なんて絶対イヤだし、一生お城の中で暮らすのも絶対イヤだなー」


 話し方が少し固いところに、慣れた喋り方ではないのだろうと思わせるところがあった。


「このままずーっと、ジュジュとフェルくんとリノちゃんと、ミレートさんと……」


 ロシナは頬を桃色に染めて、下から俺の顔を覗き込むようにした。


「……終わらない旅ができたらいいのにな」


「……ロシナ」


「なーんちゃって!……です!」


 体を戻し、また月を見上げる。髪に隠れてその表情は見えなかったが、


「私はこの国の王女……ロシナ・ガウラですから。遍歴の騎士でもなければ、冒険者でもありません。この国の土地と臣民を守る……そのための存在ですから。……都に帰れば、それでおしまいです。あとはずっと、騎士ではなくお姫様として暮らすんです」


 ……月に照らされた彼女は、泣いているように見えた。


「……ロシナ」


「……なんでしょう?」


「ロシナは……どんな騎士が好きなんだ」


 こっちを向いたロシナの瞳は輝いていた。


「話していいんですか!」


「ああ、俺も話すから、聞かせて欲しい」


「夢物語だと……子供みたいだと笑わないんですか?」


「当たり前だ。俺だって騎士道物語はよく読んだし、憧れてる。冒険者のなかには、それでギルドに入る奴だっているんだ」


「〜〜〜〜!」


 声にならない喜びを口の中で噛み締め、ロシナはぶんぶんと拳を振った。


「まず、私たち王族のご先祖さまの『騎士王』から話してもいいですか!? いや、それよりも『騎士王』がまとめあげていた『聖騎士団』の話が先かな……うーん悩む……悩むなぁ……! ねぇねぇ、ミレートさんはどんな騎士が好き? 昔は騎士といえば馬に乗ってたけど、そのイメージも古くなってきて……騎士道物語に欠かせないのはやっぱり姫と従士と魔法だよね!」


 ひとしきり興奮したあとで、ロシナは「あっ」と顔を赤くした。


「ご、ごめんなさい……張り切っちゃって、つい……」


「ロシナの話しやすいほうでいいよ。俺だって、敬語使ってないんだし」


「……そ、そうですか?」


「夜は長い。ゆっくり聞かせてくれ」


「……はいっ!」


 それから俺たちは、月に見守られながら話にふけった。ロシナの憧れる過去の騎士たちについて、その長い長い旅と武勇伝について、ロシナのなりたい騎士について……。


 気づけばまぶたが重くなってきたが、月と太陽が交代する頃になっても、お喋りは止まらなかった。


「あはは……すっかり朝ですね」


 子鳥のさえずりをどこか遠くに聴きながら、俺とロシナは見つめあった。


「楽しかったよ。ロシナは本当に騎士が好きなんだな」


「ええ。大っ好きです!」


「目の下にクマができてるぞ、騎士様」


「ふふん。これは騎士になるための不寝(ねず)の試練の賜物ですぞ」


「ははは。なんだそりゃ」


「ふふふ……あっ、見てください」


 あたりにたちこめていた朝霧が晴れ始める。夜の間は気づかなかったが、ゆるやかな丘の向こうに……王都の外壁が見えた。その上から、わずかに城の尖塔が見えている。


「……あと半日もすれば着きますね。みんな、変わりないかな」


 懐かしそうに語る横顔には、少しさみしさが見えた。


「また会いに行くよ」


「……ミレートさん」


「俺はしばらく定住はしないつもりだ。あちこち行った先で見つけたものや、面白い話を、土産話として聞かせるから……そのときはまたこうして話してくれるか?」


「……はい」


 ロシナは手を差し出した。


 俺はその手を、しっかりとにぎる。


「いつでも、お待ちしております!」


「……ああ。よろしく」


 平原に心地よい風が吹いた。朝を告げる鳥の声が、甲高く空へのぼっていった。








 


 


 

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いつも応援いただきありがとうございます!


約1ヶ月間(なるべく)毎日更新してきましたが、次の話で第1部完結となります!


初めての連載で拙いことばかりでしたが、ここまでお付き合いいただき本当に感謝ばかりです。


完結の際は、もしよろしければコメントなどで感想いただけると嬉しいです! 


あと1話、どうかよろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)”




(山田人類)

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