第29話 旅の終わり①
『超回復』を受けたリノの身体が、目を開けていられないほどの光に包まれる。
これをやったのは、ずっと昔――俺が初めて、この力の使い方を間違えたときのことだった。
そう、それはあの幼い日――。
俺はあわてて首を振り、目の前の少女の回復に集中する。
効果はすぐに表れた。苦しげだったリノの表情が穏やかになり、呼吸がゆっくりと、深いものへと移っていく。
「リノ……!」
ロシナが覗き込むと、彼女の目がおもむろに開いた。
「う、ん……」
竜の少女は目を覚ました。
「あれ、あたし、さっきまですっごく苦しかったのに……」
「よかった……!」
ロシナの声が潤む。俺からは見えないが、涙をこらえているのかもしれない。
「ミレートさんが、あなたのことを助けてくれたんです。もう痛いところはありませんか?」
「うん、ぜんぜん……」
呆然と俺を見つめ返してくる。
「ミレート……っていうのか? あんたがやったのか?」
「ああ……体に変な感じはしないか?」
「ミレート……ミレート、すごいな! あたし――」
笑顔になり、リノは快活に叫んだ。
「めちゃくちゃ腹減った!」
ぽかんとしたあとで、気の抜けた俺たちは笑ってしまった。
*
馬車がゆっくりと動き出し、俺たちは目前に迫った王都の城壁を目指して進んでいく。
「ミレートさん、あなた死神が憑いているんじゃなくって? あなたが来てから、二度も大変な目に遭いましたわ」
「ジュジュ、そんなことを言っては駄目ですよ。ミレートさんがいたから、私たちはこうして無事に帰路につけているんですから」
「ほんとにそう。お兄さんがいなかったら、今頃ぼくたち悪い奴らにつかまってたかも」
「肉うめ~」
もしゃもしゃ。
リノは一心不乱に肉を食う。
「ま、結局はこちらがあいつらをまとめてつかまえましたけどね。リノの攻撃で死んだかと思ってましたけど、確認に行ってみたら生きてましたし」
「ええ、安心しました。彼らにも改心の余地はあるはですからね」
「悪運強い。たぶんぎりぎりで『防護』が間に合ったんだと思う」
「肉うめ~」
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
リノは肉を食う。
俺の膝の上で。
「しかし、ですわ。最初の襲撃もそうですけど、あの魔術師たちは何者だったのでしょう? おねえさまを狙ってのこととは思いますけど……所属が謎ですわ。ここは生かさず殺さずに私の術で……」
「ジュジュ、拷問は禁止されてますからね!」
「も~わかってますわよおねえさま~♡」
「……なあ」
俺はみんなに声を掛け、
「これ、どういうことなんだ?」
俺の膝に座って肉をむさぼるリノを指さした。
「ずいぶんと懐きましたわね~。あなた意外にモテますのね? ひゅーひゅーですわ~」
ひゅーひゅーじゃねえ。
「ん。お兄さんの魅力は種族を越えて伝わる。……でもそろそろ代わって欲しい。そこはぼくの場所」
そんな事実はない。
「ミレートさん……」
ロシナが真顔で見てくる。
さすがに一国の王女として、成人男性が少女を膝の上に載せている光景は見逃せないだろう……。
「さすがです!」
と思ったら、瞳の奥を輝かせて近づいてきた。
「さっき知り合ったばかりの、神話の存在でもある竜神族と仲良くなるなんて――まるで勇者みたいです!」
「あ、あのなあロシナ……べつにリノは仲良しってわけじゃ――」
「んん? べつに仲良しじゃないぞ」
リノが口の端から肉のかけらをこぼしながらロシナを見上げた。
「ミレートは命のオンジンだから大好きだ! それにロシナだって好きだぞ! ミレートとおんなじくらい!」
「リ、リノ……」
感動屋のロシナが目をうるうるしながら、そっとリノを抱きしめた。
「この気持ちなんでしょう……守ってあげたくてしかたなくなります」
突然の母性に目覚めたロシナに危機感を覚えたのか、ジュジュが揺れも構わずに立ち上がった。
「お待ちになっておねえさま! そんなポッと出の竜娘なんかより、わたくしのほうがずっとお子様ですわ! 身体だって小さいですしか弱いですし?!」
「ぬいぐるみ抱っこしないと寝れないし」
フェルがぼそりという。
「うっさいですわー!」
「俺につかみかかってきてどうするんだ!」
「うーーーん。フェルとジュジュ、だっけ~?」
ちびっこふたりを見比べて、ロシナに抱きしめられたままのリノは――
「……へ」
鼻で笑った。
たぶん「かわいいかわいい」してるロシナには気付かれなかっただろう。
「うがーーーーーっ! この泥棒ドラゴン! 許さないですわ! 馬車からほっぽり投げてやりますわぁ!」
「ん。加勢する」
「やめろふたりとも! 馬車が壊れる……!」
リノにつかみかかろうとするジュジュと、こっそり触媒を構えようとするフェルをまとめて制するのは骨が折れた。
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