第28話 『超回復』
異種族のなかには、変異の術(すべ)をもち他の生物に体を作りかえることの出来る個体がある。
魔力の操作によるものではなく、完全に生物の神秘としか言いようのない仕組みである。
だから、ヒトの体と元の体、どちらが本当の姿かといえば、「どちらも本当の姿」としか答えようがない。
しかし、身体を作りかえているということは、内部の構造も変わってしまうということだ。
元の種族の姿でできたことを、軟弱なヒトの姿で行おうとすれば、結果は火を見るより明らかである。
……らしいですわ。以上、王国資料部編纂の書物『りゅうじんぞくのひみつ100(ひゃく)』から抜粋ですわ」
「……えっと、丁寧な説明ありがとう」
ジュジュの淡々とした説明を真横に聞きながら、俺はリノを地面の上に横たえる。
口の周りに血糊を貼り付け、彼女は気を失っていた。
体全体を鱗で覆っていたためか、外皮への影響はない。問題は中身だ。あれだけの熱量の息を吐き出したのだ……それも、半ばヒトの姿で。
俺はリノの喉元から肺のあたりに杖を向ける。
「『中回復』」
白い光が杖の先に集まり、気絶した少女を包み込む。
……しかし、効果が現れない。喉奥から聞こえる息は擦り切れるような喘鳴に近く、肺が潰れているのか呼吸が浅く短い。
「ミレートさん……これって……」
隣で見守っていたロシナが色を失う。
「まさか、もう……っ」
回復術が効かない……それは、生命の回復の力が体に残されていないということだ。どれだけ井戸を掘ろうとも、水脈がなければ無意味なように。
もしかすると、リノはもう……。
そうロシナは考えてしまったのだろう。
「大丈夫だ」
俺はロシナの肩に手を置く。
「ミレートさん……」
「問題ない。俺が必ずリノを助ける」
そうだ、俺はこのなかで唯一の回復役だ。俺がやらなきゃだれがやるんだ。
それに、リノは俺たちを守ったんだ。今度は俺がリノを助ける番だ。
回復術が一度効かなかったくらいで、諦めるものか。
「ジュジュ、たしか竜神族は術に対する耐性が高いんだったな?」
「え、ええ……竜の皮膚には神秘の力が宿っているそうですわ」
「そうか……それで、俺の『中回復』を弾くわけだな……」
「ミレートさん……? あなた、なにを……?」
眉根を寄せるジュジュに、俺は言う。
「どうなるかわからないが、やるしかない。俺の最後の切り札に賭ける」
「お兄さん。それって」
フェルの心配そうな瞳が俺を捉えた。
「また、お兄さんを犠牲にするやり方じゃないよね?」
「心配してくれているのか? 大丈夫だ、ただの回復術だよ」
「でも、お兄さん……すごく悲しそうな顔をしてる」
「……!」
みんなの不安そうな瞳が、俺を見ていることに気づく。そんなに俺は今、悲惨な顔をしているのだろうか。
額に滲んだ脂汗を拭う。
杖を握る力が、自然と強くなる。
喉の奥から、苦い液が込み上げてくる……『追放』の二文字と共に。
「……今からリノにかける術は、『中回復』の上の術……俺がずっと封印してきた回復術だ」
「それって『大回復』でなくて?」
ジュジュが尋ねる。
「俺の『中回復』は、ふつうのヒーラーの使う『大回復』の回復量なんだ」
「それってつまり、『大回復』はもっとすごい回復量ってことですか?」
ロシナの声に驚きの色が混じり、俺は頷く。
「ああ。それはSSSクラスのヒーラーだけが使える奥義……『超回復』なんだ。回復量は桁外れだ。だからこそ、術をかける相手を選ぶ必要があった」
「それ、ふつうのひとにかけるとどうなるの?」
フェルの問いに、俺は答える。
「わからない。ただ、ひとつ言えることは……必要以上の回復は、本人の身体に大きすぎる負荷がかかるってことだ。本来の身体の持つ回復スピードを、異常なくらいに早めるわけだからな」
……しかし、それでも。
「責任は俺がとる。リノを助けるためには、これしかない」
「……いいえ」
ロシナが首を振った。
「ミレートさん。あなたは今まで、苦しんできたんですね」
「……ロシナ?」
「辛かったでしょう。誰にも自分の本当の力を話せず、誤解されて……しかし、本当の力を使えば誰かを傷つけるかもしれない……そう悩んできたのではありませんか」
そのことばは、まるで自分自身に向けているようにも聞こえた。
「私もそうです。『狂剣士』であることを隠し、『騎士』として振る舞いを重ねてきました。しかし、いつも誰かに嘘をついているという罪悪感を抱いてきました」
「おねえさま……」
ジュジュがそっと伸ばしてきた手をやさしく受け止め、彼女は続けた。
「でも、今は違います。ミレートさん、あなたは私に『狂剣士』と『騎士』両方の生き方を示してくれました。本当の自分を隠さずに生きていいのだと……あなたが『狂剣士』としての私を受け止めてくれたとき、本当に嬉しかった。だから、大丈夫です」
「ロシナ……」
「なにがあっても、私が……王女である私が責任をとります。リノを助けてください。あの日、あの森で、私を救ってくれたように」
ロシナは胸に手を当て、真っ直ぐに俺を見つめた。ああ、そうだった。短い付き合いだけれど、この王女様は、こういうひとだった。
傷つく人間がいれば、どんな小さな傷でも放っておけない生粋の『騎士』なんだ。
「……わかった。ロシナ、きみを信じる」
俺は優しく杖を持ち、リノに向けた。
「怖いけれど……やってみる。俺の『超回復』を」
「やれやれ。ようやくいつものムカつく澄まし顔に戻りましたわね」
「お兄さんはいつもかっこいい。悩んでる顔もいい」
「あなたは趣味が悪くってよ」
……ちょっと調子が狂うが。
「ミレートさん。よろしくお願いします」
ロシナが俺の腕に手を添える。
「ああ。任せてくれ」
俺はゆっくりと息を吸い込み、遥か昔に一度唱えたきりの術を口にする。
リノ、どうか目覚めてくれ。
みんながきみを待ってる。
「ーー『超回復』」
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