第27話 竜息(ドラゴンブレス)
「リノはどこに――」
戸惑う俺の髪を、風が揺らした――不思議な風だった。
横からではなく、真上から吹き付けてくる風。
それは――
「痛ったぁーーーー!」
はるか頭上に、大きな翼をはばたかせる生きものがいた。
それは鋭い牙を剥き出しにし、目を爛々と輝かせ、口の端から火の粉を漏らしていた。
「ウガーーーーーーツ!」
猫や犬のそれは見たことがあるが、竜の威嚇を見たのは初めてだった。
そこに浮かんでいたのは、さきほどよりも角が伸び、大きな翼を持ち、全身に真っ赤な鱗を貼り付けたリノだった。
「あ、あれは……」
ジュジュ、フェル……そしてロシナの瞳も、彼女に釘付けになる。
「リノ、あなた――」
ロシナの声も届かず、リノは口から漏らす火の粉を増やしていった。
――と見えたが、それは違った。
火の粉は彼女の口から出ていくのではなく、大気中から彼女のなかへと吸い込まれていくのだった。
「お兄さん。あれ、炎のマナ」
「『マナ』? 火とか水とか風とか、属性系の魔術を使うときに、大気の中から呼び出すあれか?」
聞いたことはあるが、回復術士には疎遠な単語だ。
「うん。ふつう、マナは目に見えない。すっごく小さな粒子だから」
「ん?」
俺は腕組みしてぽかんと竜の娘を見上げた。
「でも、見えてるぞ。あの火の粉みたいなやつだよな?」
「うん。あれがそう」
「見えちゃってるぞ?」
「そう。だから――」
フェルはなんでもないことのように言った。
「可視化できるレベルのとんでもない量の凝縮されたマナ」
「それって」
落ち着いてきたロシナの背を撫でながら、ジュジュが言う。
「激ヤバなんじゃありませんこと?」
そういう間にも、あたり一帯の温度が上昇していることに気づく。
リノを中心に、まるでそこに太陽が生まれたかのように、熱が生まれているのだ。
「お前ら……!」
リノは唸る。
「さっきの、ちょっと痛かったぞ! しかも、あたしの大切なロシナにあたるところだった……!」
「リノ! 私は大丈夫です! あなたのおかげで……」
ロシナが膝をついて立ち上がり叫んだが届いていないようだった。
「ロシナを――ナカマを――トモダチを傷つける奴は……!」
「リノ! 聞こえてますかー!?」
「ロシナさま。下がって」
フェルが俺たちの前に立ち、『防護』の魔術を重ね掛けする。
「許さない――ッ!」
リノの口が、顔いっぱいに広がる。
その喉の奥から、色のない波動が放たれた。
フェルの防護幕があっても、立っているのがやっとだった。
強烈な音波が街道全体をびりびりと震わせる。
「焼き尽くす――!」
それで終わりではなかった。
色のない波動は徐々に赤みを増し、熱の波動となって可視化される。
ちょうど、フェルが見つめていたあたりの平原が、ぼこり、とへこんだ。
地盤ごと陥没したのではないだろうかと思うほどに、木々が地中に姿を消し、茶色い土肌が姿を見せていく。
新しく生まれた凹んだ土地――その周辺でなにかがバリバリと割れていく。
フェルの言っていた『隠遁』の魔術壁だろう。それが物理的な熱の力によって、溶かされた。
そして……
「消えろ――!」
やがて、平原のその部分だけが、えぐり取られたように消滅した。
「うわぁ……」
吹き付けてくる熱風を顔に浴びながら、無言で立ち尽くす俺たちだった。
「フェル、あれできる?」
俺の問いに、ふるふる、と無言で首を振る。
「無理。あれができたら追放されるか牢屋に入れられてる」
「たったひとりで敵を殲滅できる力なんて、戦のやり方すら変えてしまいますわね」
とジュジュ。
「す、すごい……こんなにあっさりと……」
空いた口の塞がらないロシナに、
「ロシナ〜!」
頭上から、すっかりヒトの姿に戻ったリノが舞い降りてくる。ロシナの腕の中に飛び込むと、ぷにぷにしたほっぺをその胸元にごしごしと押し付けた。
「ただいま! みんな倒したぞ!」
「お、おかえりなさい……あの、リノ?」
「見てたかー? あれができるの谷でもあたしくらいなんだ! もっと全力でやると、山を消せるんだぞ!」
「リノ!」
「……ん?」
ロシナはリノの肩を掴むと、その顔をまじまじと見つめ……ゆっくりと、抱きしめた。
単なる武勲を称えるための抱擁ではないはずだ。
「ありがとう、あなたのおかげで助かりました」
「へへへ! いいよ、ちょっと痛いくらいだったし」
「……あなたが無事でよかった」
ロシナの声が震える。俺からは見えないが、きっと涙ぐんでいただろう。
「なんだよロシナ〜くすぐったいぞ〜」
「あ、ごめんなさい」
「ははは、ロシナは心配しぃなんだな! あたしは竜なんだから、そうカンタンには……」
そう言い終わらないうちに。
リノの口から、大量の血が溢れ出た。
「げふっ」
「きゃーー!! リノー!?」
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