第26話 襲撃、再度

「リノ!」


 ロシナの悲鳴がむなしく空を掻いた。


 すぐにでもリノに回復をかけたいが、今は防御が優先だ。


「フェル――!」


「あっち!」


 俺が言うよりも速く、フェルは魔力の放出元を突き留めていた。


 その視線は俺たちの左手――平原のずっと彼方に釘付けになっていた。


 一見しただけでは何もない、ただの平原だが――。


「『追跡』」


 フェルの瞳が燃えるように光を宿す。その目が魔力をより繊細に捉えようとしている。


「『隠遁』の魔術で姿を隠している。お兄さん、気をつけて」


 敵を見極めんとする俺たちの横で、ジュジュはロシナのそばに寄り、その小さな体で覆いかぶさった。


「おねえさま、しっかりしてください! おねえさま――!」


「……っ!」


 だめだ。明らかにショック状態にある。


 近距離で魔力の爆発を受けたのだ。傷はないだろうが、その衝撃はもろに食らってしまった。


 加えて、目の前でリノの身体が爆発を受け止めたのだ――自分の身代わりに。


 そのリノは今……みじろぎもせずに横たわっている。


「ジュジュ、呪術でロシナの避難を頼む!」


「は、はいですわ!」


 ジュジュの腕で銀の触媒の重なる音がした。


「フェル、敵はどうだ!?」


「――来る」


「!」


 フェルが言い終わらないうちに、次の攻撃が飛んできた。


 それは岩石の塊だった。


 魔力を用いてそのへんの岩石を浮かせ、こちらに放り投げてきたのだ。


 自分の魔力を凝縮して放つよりも威力は落ちるし、防がれやすいが――……。


「たくさん来る」


 弾数に困らない。それが利点だ。


 飛来する岩石はひとつやふたつではない。十個――いや、二十個はある。


 魔力の凝縮と違い、岩石を集めて隠しておくだけならフェルの魔力探知にも引っかからない。


 おそらく、リノがこちらの道をふさいだとき、これを好機とせっせっと準備を始めたのだろう。


 襲撃と呼ぶにふさわしい、隙を突いて物量で押し切ろうとする、一方的な攻撃だった。


「……『防護』」


 魔術の触媒である聖樹の小枝を宙にむけると、フェルは巨大な防護幕を街道の端から端まで生成した。


 半透明のゆらぎに阻まれ、魔力で射出された岩が弾かれる。


「さすがフェル!」


「ん。このくらい余裕。お兄さん、リノを」


「ああ!」


 おそらく第二波がすぐに飛んでくるだろう。これだけの数を飛ばすのであれば、向こうのパーティは複数の魔術士で構成されているはずだ。


 撃ち終わった者から順番に入れ替わり、攻撃の手を休めないように立ち回るだろう。


 しかし、本当の問題はそこじゃない。


 俺たちにとっての本当の問題は……


「ミレートさん!」


 ジュジュの叫び声が耳を貫いた。


「だ、だめですの……おねえさまが、呪術に逆らって……術の効果がとても薄く……今にも暴走してしまいそうですわ……」


「……やっぱりか」


 彼女は今、自分のなかで暴れようとしている『狂剣士』と必死に戦っているのだ。


 俺は狼の森での戦闘を思い出す。


 むちゃくちゃで、およそ戦略も何もない、攻撃特化の動き。


 彼女が『狂剣士』としての力を発揮すれば、現状はすぐに打開できるだろう。


 しかしそれは、俺たちにとってもロシナにとっても諸刃の剣だ。


『狂剣士』が発動してしまえば、止められる自信がなかった。


 だからこそ、早くここから退避してほしかったが……仕方がない。ここを前線として、敵と渡り合うしかない。


 とりあえず、いつでも動けるようにリノの治療を終わらせてしまおう。


 俺は杖を構え、振り向いた。


「……え?」


 しかし、そこにリノの姿はなかった。


 



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