第25話 欺きと真心

「私はロシナといいます。あなたは?」


「あたしのなまえはモ・リノ。リノでいーよ」


 竜の娘は骨に残った肉のかけらを牙で丁寧にはがしながら話してくれた。


「生まれた谷はずーっとあっち。あたしみたいなちっこいやつだと、飛んでいっても、朝日を三回はおがむな」


 はるか背後に青くかすむ山脈を親指でしめす。


 ロシナははて、と首を傾げた。


「ここにはどうして……?」


「あたしみたいなヒトの姿になれる竜が、たまーに生まれるんだ。そうすっと、すっごい遠くにある人間の国に行って、『なにか』をもらって帰って来るんだってさ。あたしはそのために、みんなと別れて谷を出たんだけど……」


 リノはうーんと考え込む仕草を見せた。


「しばらく歩いたところで、人間たちが迎えに来てくれたんだ。なんでも、あたしは何万年にひとりの勇者なんだってさ。で、勇者以外がこの……『銀月の剣』? を持つと死んじゃうらしいんだけど、あたしは死なないから、ぜひとも勇者として人間の王様にあいさつに行きましょうって。この鎧と兜もくれたんだ」


 それがあの魔術師だったのだろう。なんの目的があってリノに勇者を名乗らせていたのか、どうしてわざわざ俺たちの馬車を襲撃したのか、いまいち点と点が繋がらないが……。 


「あいつら、肉をたくさん食わせてくれた。ナカマの証だって。だからいっしょについていってもいいかなって思ったんだ」


 ――あれ?


 俺はひとつ疑問を抱く。


 じゃあどうして――この前の襲撃のとき、リノはいっしょにいなかったんだ?


「――人間って足遅いし、すぐ疲れちゃうんだな」


「もしかして、仲間を置いてきちゃったんですか?」


「うん。気付いたらもういなかった」


 ヒトの姿をしているとはいえ、中身は伝説や神話の生きものだ。


 体力で人間が並ぶはずもない。


「人間って弱いな。もっと肉を食いまくればいいのに」


 大皿を何枚も真っ白にした少女は、ふーと息を吹いた。


 これだけ食べないと体を動かせないのは、それはそれで燃費が気になるところではある。


 しかし……リノの話を聞くと、このまえの襲撃はこういう流れだったらしい。


 ①魔術師が姫騎士グループの馬車を襲撃する作戦を立てる

 ②SSSクラスの呪術師&魔術士相手では戦力に不安があり、リノを仲間に引き入れる

 ③リノがいなくなる

 ④戦力不足のまま、遠距離からちまちまと削る作戦に変更する

 ⑤失敗して捕まる


 こう考えると、気になることは二つだ。


 襲撃グループは何者なのか――目的はなんだったのか?


 まあ、それについてはジュジュが都についてすぐに取り調べを始めるのだろう。


 そして、その真相を知る頃には俺はもうただの観光客だ。気にするべくもない。


「リノ、どうして私たちの馬車を足止めしたのですか」


「うん? それは――あ! だめだ!」


 リノの声が高くなる。


 それもそのはずだ。ロシナは今まさに、彼女の得物である剣――『銀月の剣』を握るところだった。


「リノ、聴いてください」


 剣を握り、それを目の前に捧げるようにすると、ロシナは言った。


「あなたをだました人間がいます。本当に――申し訳ありません」


「あ……え? 平気なのか?」


「……残念ながら」


 ロシナは目元を陰らせた。


「これは、本当の『銀月の剣』ではありません。どこにでもあるひと振りです。勇者のために鋳造された剣ではないのです」


「な。で、でも、あいつらは――ナカマは、あたしを……」


「だから、本当に――ごめんなさい」


 まるで人類を代表するみたいな誠実さで、ロシナは目をつむった。


「人間のなかには、自分の目的のために他者を平気で欺く者もいます」


「あたしは騙されてたってことか? でも肉をくれたぞ?」


「あなたを信じさせるためだと思います」


「で、でも、あんたも――ロシナ。あたしに肉をくれたぞ?」


「それは――……」


「もしかして、あんたもあたしをだまそうとしているのか?」


 わなわなと、リノの拳が震える。


 きっとこんな経験は竜の谷ではなかったはずだ。


 こうして世間を知るのはいい経験だと、個人的には思うが……自分が信じた相手から裏切られるというのは、人間の心に深い闇を生んでしまうものだ。


 もう二度と、人なんて信じられないと。


 その気持ちは、痛いほどにわかった。


「私は――」


 胸に手をあてて、ロシナは言った。


「あなたのことを知りたかっただけです。勇者だから、竜だから、ではありません。私はあなたと、お話がしたかっただけなんです」


「――ほんとうか?」


 だけど、だからこそ、一片の疑いすらも抱けないような本当の真心に出会ったとき、それがまぶしく見えるのだ。


「あたしは、あんたを信じていいのか?」


「はい。ぜひ、お友達になりましょう」


「トモダチ……トモダチか!」


 リノの表情に花が咲いた。


 白い歯を見せて、彼女は大きく笑った。


「いいな、トモダチ! あたしの初めての人間のトモダチだ!」


「ふふふ。ええ、私も竜のトモダチは初めてです。あらためまして、ロシナです。よろしくお願いします、リノ」


「ああ! よろしく!」


 ぺかっと笑顔を浮かべた。


「どうだジュジュ。うまくいった。勇者じゃないってわかったし、敵意もなくなった」


 俺は肘でジュジュの肩をこづいた。


「たまたまですわー。今は、姫様が御無事なことをお喜びになられては? さもなければあなたの身体も無事ですみませんでしたのよ」


「よかった。ほんとに。よかった。ふー」


 いつのまにか隣にいたフェルが安堵の息を吐いた。


「あとはおねえさまに処遇を決めてもらいましょう。国賓としてあの子を迎えるのか、サーカスの一座に売り渡すのか」


「うわ怖っ。なんてこと言うのこの子は」


「ジュジュ。めっ」


「あーはいはい。冗談でも言ってなきゃやってらんないですわー。暑いからそろそろ馬車に戻ってもよろしくって? おねえさま、そろそろ出発しますわよ~!」


「はぁい」


 と。


 ロシナがこちらに振り向いたときだった。


「――危ない!」


 地面に突き飛ばされるロシナ。


「きゃっ」


 彼女を押しのけるリノ。


 の、体が。


 魔力の爆発を受けて真っ赤な花になった。









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