第24話 勇者と聞いて

 フェルが息を切らせながら走ってくる。


「ロシナさまっ」


 主人の名前を呼んでいるようだが……その姿はどこにもない。


「フェル、どうしましたの?」


「止めて、ジュジュ。ロシナさま、そこに……」


 幼い体に鞭打ってここまで全力で走ってきたのだろう。力尽きて息切れしたフェルは、先頭の馬車のなかほどでうずくまり、「ぜーぜー」言いながら指だけをこちらに向けた。


「「そこ?」」


 ジュジュと俺の声が重なる。


「そのひと、ロシナ……さま……」


 はて、なんのことやらと彼の指さす先をみると、料理人のひとりが羽織っていた上着をばさりと脱ぎ捨てた。


「勇者を名乗るお方!」


 ……この国の王女が、なぜかそこにいた。


「私はこの国のお……」


「ですわー!!」


 ジュジュが慣れた反射速度で手を掲げると、ロシナの口が「むっ」と結ばれた。なにか呪術をかけたのだろう。美少女呪術士は主に駆け寄ると、すぐに何かしらを耳打ちした。


 ふむふむ、と頷いたあとで、ロシナは口を開いた。


「わたしはこのキャラバンの主です!」


 隣でげっそりしたジュジュが肩を落としている。

 

 姫の体に傷があれば尻叩き、と聞いたくらいだ。正体が城の外でばれたらそんなものでは済まないのだろう。


 いつもいばってる生意気なガキだな……としか思えないこともあるけど、彼女は彼女なりに苦労しているのだ。


 いや、ジュジュたけじゃないか……。


 まださっきと同じところでうずくまり、えづきながら息を整えるフェルを見て、おてんばな主を持ったふたりに同情の念を抱いた。


「『ちょっとお花をつみに……』っていうから信じたのに。『探知』の魔術で探してみたけどこの辺にお花畑はない。そしたら料理人のひとが『姫様がさっき私たちの服を着てどこかに行った』って……」


 うぐうぐと泣きながら語るフェルを抱きしめてやりたくなった。


 狼の森のときもそうだったが、この姫……ド天然おてんば娘かもしれない。


「幼い時から騎士になりたくて、ありとあらゆる騎士道物語の書物を読んできたのですが……勇者は別格です! 闇を払い、国を、民を導く神に選ばれた存在に、私はずっと憧れてきました! そんな私が、勇者がいると聞いて馬車のなかに引きこもっていられるはずがありません!」


 間違いない。この姫様、戦(いくさ)となれば飛び出さずにはいられない、生粋の「戦闘オタク」……お世辞を抜きに言うなら「戦狂い」だ。


 ずっと城のなかでしたくもない嫁入り修行をさせられてきた弊害だろう。騎士になりたい、と長いこと願ううちに、その好奇心が爆発したのだ。知識だけはめちゃくちゃあるが体験は無いから、実物を目の前にするといてもたってもいられない……こういう種の人間は飢えたように食らいつく。


 今だってそうだ。語りながら輝きを増していく瞳に『狂剣士』としての片鱗が見え隠れしている……。


「キャラバンのシュジン……それってつまり」


 竜神族の娘は肉を食べる手を止め、ロシナに目を向けた。


 ……まずい。さすがにバレただろうか。


 手に汗を握る俺たちの前で、彼女はこう言った。


「この肉をくれた奴らの主人ってことだよな!?……ということは、この肉は全部あんたがくれたってことだ! 礼を言うぞ! あんたらみんな良いニンゲンだなー!」


 まったくバレる様子はないし、「勇者云々」のロシナの語りはまるで聞いていないらしかった。


「なあ、ロシ……ご主人様?」


「はい!」


「あの子が勇者に見えるか?」


「まだわかりません! でも勇者ならいろいろ調べ……お話してみたいです!」


 だめだ。目のなかで知識欲がぐるぐると渦を巻いている。


 それなら……。


「近づいてみたらいいんじゃないか?」


「そうします!」


「いいわけないですわー!」


 ジュジュが真横から花火のように飛んできて胸ぐらをつかんだ。

 

「何×××なことお考えになって!? 脳みそ×××なんじゃなくって!?」


 精一杯の力でがくがくと揺さぶられる……ブチ切れジュジュだ。つばといっしょにとてもじゃないが天下の往来で口にしてはいけないことばを吐いている。


「わかってる、待て待て。俺に考えがあるんだ」


「ぅ……考え……!? ぃ……ぎぃ……?!」


 大丈夫かこいつ。


「うちの姫様がこのまま引き下がると思うのか? 狼の王を狩りにひとりでつっこんでったおひとだぞ」


「ぅ、それは……」


「それに、このままじゃ埒が明かない。あの子もロシナになら腹を割って話してくれるかもしれないだろ」


「……危なくなったらすぐに止めますわよ!?」


「ああ。ていうか……」


 俺たちから頼む前に、ロシナはすでに竜神族の子の前に膝を着いていた。


「あなたは勇者ですか!?」


「そうだ! 『おまえは勇者だ』ってナカマに言われたからな!」


「なるほど! そうなんですね!」


 ……大丈夫かな。


 だいぶ心配になってきた。


 ジュジュの目線が刺すように痛かった。









 

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