第23話 竜神族の子

 とにかく、話し合いが通用する相手ではないということだけはわかった。


 しかしジュジュの『操作』が効かないとなると、鎧を脱がせるにはどうすれば――……。


「……いや、簡単なことか」


 どうしてすぐに思いつかなかったのだろう。


「ジュジュ、いますぐ行ってほしいところがある」


「フェルを呼びますの?」


 体を捻り、後方へと駆ける姿勢をとったジュジュだったが、


「いや、違う。食糧庫に行ってきてほしい」


 という俺のことばに、がくっと頭を落とした。


「はあ、まあ……なんというか、わかりましたわ」


「たくさん頼む」


「ええ……たっくさんですわね」


 ジュジュはやれやれといった感じで後方の馬車へ戻り、俺は目の前の黒い剣士に目を向けた。


「おい!」


 自称勇者は地団駄を踏んだ。


「もうお喋りはいいだろ! ナカマを解放しろ!」


「わかった……でも、最後に聞きたいことがある」


「なんだ?」


「その男たちはきみにこう言ったんじゃないか……食べるのに困らないようにしてやるって」


「ああそうだ! だからついてきた!」


「そうか、なら……」


「天才美少女がもどりましたわー!」

 

 料理人数名をたずさえて、必要かどうかわからない名乗りとともに、ジュジュがやってきた。


 どん、と音を立てて、俺の脇に大きな皿がいくつか置かれる。


 その上には……ああ、なんて頭の悪い作戦だろうか。


 こんな誘いに乗る奴がいるのかと、今更ながら心配になってきた。


「肉——――っ!!」


 なにも問題はなかった。


 兜の奥で目を輝かせ、自称勇者は前のめりになった。


「に、肉! しかもこんなにたくさん!」


「……好きなだけ食っていいぞ」


「本当か!? ぜんぶ食べるぞ!? 食べた後で返せって言われても返せないぞ!?」


 返されても困る。


「食べていい。あとで返せなんて言わない」


「おお……あんた優しいニンゲンだったんだな……」


 こんな見え見えの罠にひっかかるような純粋さをもった人間に「優しい」と言われると、心の奥にある良心がずきりと痛む。


「いただきます!」


 犬みたいに肉に飛びつこうとしたところで、俺は犬あいてにするみたいに手の平を差し出した。


「……ちょっと待て」


「あ?」


 今まさに肉に喰らいつこうとしていたところだった。


「その兜をかぶったままで食べられるのか?」


「……そうだった」


「これだけの肉だ。甲冑なんてつけていたら、すぐに腹が苦しくなるぞ」


「……たしかに」


「籠手も外したほうがいい。そのほうがガツガツ食える」


「……あんた天才だな」


 真面目な顔になってうんうんと頷くと――自称勇者は鎧兜を脱ぎ始めた。


「よいしょ」


 重い兜と鎧を外し、その顔と体をみたとき、俺と――おそらくジュジュも、息を呑んだ。


 兜の下にあったのは少女の顔だった。


 ジュジュよりも少し年上で、ロシナよりは年下といった顔立ちか。


 きりっとした眉に、まだ子供っぽさの残る大きな瞳が、活発さを絵に描いたようだった。


 しかし、気になったのはそこではない。


 俺が目を奪われたのは――その額。そしてその背中。


 額からは二対の小ぶりな角が、背中からは翼が生えていたのだ。


「あ、あれは……」


「竜神族!」


 ジュジュが驚きの声をあげた。


「知っているのか、ジュジュ」


「はるか北方の、かつて魔王の領地とよばれた土地のどこかにある『竜の谷』に暮らす一族ですわ……ああしてヒトの姿をとれるのはごく一部の限られた存在だけと聴きます」


「なるほど……勇者かどうかはわからないが、たしかに選ばれた存在ではあるみたいだ」


「竜神族であれば、呪術が効かないのも不思議ではありませんわ。あの種族はお馬……魔力や呪術に対する耐性が高いのですわ」


「……勇者ではない、よな」


「さあ、わかりませんわね。ただ似たようなものではあるかもしれませんわ」


「というと?」


「竜神族そのものが神に片足をつっこんでいるような一族ですわ。そのなかでも特別なひとりとなれば……なにか使命を持ったひとり、と言えないこともないかもしれません。現にあの子は谷から出て、こうして……」


「……もしかして」


 俺はジュジュのことばを引き継ぐ。


「人間を滅ぼすために来た……とか?」


「……」


 見つめ合って生唾を飲む俺たちだったが――


「うま! あんたらの持ってる肉、最高にうまいな! ナカマたちがくれる肉と比べらんないくらいうまい! もっと食べていいのか!?」


「あ、ああ……好きなだけ食え」


「サイコー!」


 ばくばくと肉をほおばる少女を見ていたら、そんな考えは霧になって散ってしまった。


「……やっぱりただの馬鹿かもしれませんわ」


「……うーん」


 とりあえず、もういっかい言いくるめて、体のどこかに勇者の証がないか見てみるか……と思っていたときだった。


「あっ。あっ。ロシナさま。だめっ。待って」


 泣きそうなフェルの声が背後から聴こえてきた。


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