第22話 あいつすっごく馬鹿ですわ

 

 ――先頭の馬車を遠くにみやり、俺たちは困惑していた。


「ハーッハッハッハッハッハ!」


 自称勇者の高笑いが晴天によく響いていた。


「我こそは……! えっとなんだけ……予言されしー……あ、そうだ、予言されし真実の勇者様だ! 命が惜しけりゃナカマを置いてここから立ち去りな! さもなけりゃこの選ばれし勇者の剣――なんだっけ、えっと……『銀月の剣』! の錆にしてやるぜっ!」


 フェルとジュジュを携えて屋根の上にのぼると、さっきのようなことを声高らかにのたまう輩(やから)がいた。


 全身に黒い鎧兜を着込み、ご丁寧にマントまで装着した姿は、夏空の下で暑苦しそうだった。


「って言ってるけど、どう思うロシナ?」


 馬車の中のロシナに問いかけると、


「――勇者様!? わ、私も見てみたいです!」


 興奮したお姫様の声がくぐもって聴こえてきた。

 

「……はぁ。本物の勇者なわけがないですわ……おねえさま、ちょっと冷静になられて」


「ん。魔力もなにも感じない。それだけで、神に選ばれた存在とは言えない」


「で、でも、民衆を導くとされる『銀月の剣』を持っているんですよね? 闇夜でさえも切り裂き、魔王を封印したとされる勇者の剣――見たいです! 私も見ます!」


 ロシナの興奮は高まるばかりだった。


「落ち着けロシナ。そんなに凄い剣ならなおさら見せびらかすわけがないだろ」


 そしてたぶんその剣はおまえんちにあるはずだ。


「で、でも、『星見たち』の予言ではこの旅で勇者に出会えると……」


 ああ、そうか。ロシナはその使命を人一倍重く受け止めているのだ。


「勇者かどうか見分ける確実な方法ってないのか?」

 

「あ、それなら!」


 ロシナは戸からひょっこりと顔だけを出した。


「『勇者の証』である紋章が、体のどこかにあるはずです。たしか生まれつき備わっているものだと!」


 勇者の証――そう聴いて、自分の腕を包帯の上から撫でてしまう。


 ギルド追放の印を刻まれた俺とは、真反対の存在だ。

 

 ロシナとジュジュ、フェルには見せていないし、これからも見せるつもりもない――役立たずの証。

 

「……それを知っているのは王族だけか?」


「はい、『星見たち』の予言でしか語られていません」


 それなら話は簡単だ。


 脱がして確かめればいい。


「ジュジュ、いっしょに来てくれ」


「は~? 季節は夏真っ盛り、乙女の肌が荒れましてよ。わたくしは涼しいところでおねえさまといちゃこらしてますわ~」


「……午後のティータイムで焼き菓子を譲るよ。おねえさまと仲良く分ければいい」


「あら、交渉なんて頭の良いマネができるようになられたのですわね? 田舎術士にしては上出来ですわ」


「いちいちマウント取らないと話を進められないのか!?」


「お兄さん。ぼくも行く」


「助かるが、ロシナを頼む。自称勇者のいう『仲間』の動きが気になる」


「わかった」


 素直にうなずき、フェルは馬車に戻った。


 俺とジュジュは屋根伝いにぴょんぴょんと駆け、先頭の馬車へたどり着く。


「今から十数えるうちにナカマを解放しなけりゃ、あふれでる勇者パワーで馬車をひとつずつぶっ潰していくぞー! それでもいいのかー!? ほんとにやっちゃうぞ! ほんとのほんとだぞー!?」


 屋根の上に隠れてこっそりと覗き見ていたが、なんというか、あまり頭のよくないセリフだった。まるでことばを覚えたての子供のような……。


「どの馬車に仲間がいるかもわからないのに? お馬鹿じゃなくって?」


 シラっとした目で蔑むジュジュに、今回ばかりは頷いてしまう。


「で、どうなさいます?」


「呪術で鎧を脱がせられるか?」


「……はあ。どうしてそんなことをお尋ねになって?」


 ジュジュは銀の触媒をつけた腕を、自称勇者に向かって伸ばしていた。


「――もうやってましてよ」


 ぴん、と。空気のなかに琴線のようなものの張りつめる音がした。


 一瞬体を硬直させた自称勇者は、操り人形のようにぎくしゃくと動き出し、


「あ、あれ? なんだ? なんだなんだ?! うわーっ!」


 ――しかし、


「フンッ!」


 気合のこもった声を発し、手足の自由を取り戻した。


 ジュジュの『操作』の術はすんでのところで弾かれてしまったらしい。


「な、ななななーっ!!?」


 ジュジュが白目をむく勢いで驚きの声をあげた。


「ジュジュの呪術から逃れた……!?」


 俺も予期しない光景に戸惑う。


「お、おかしいですわ……そんなことができるのは同じSSSクラスの者同士だけ……まさかあいつ、本当に勇者でして……?」


「……ジュジュはここにいてくれ」


 俺は馬車から地面に降り立った。


「あ、ミレートさん!」


「そこで観察して、気づいたことがあったら教えてほしい。危険だと判断したら、すぐにフェルを呼んでくれ」


 そう言い残し、俺は黒い鎧兜の前に出た。


「お? なんだキサマ、この勇者様と戦うのか!? それともナカマを連れてきてくれるのか!?」


「仲間ってのはあの魔術士たちのことか?」


 相手に探りを入れようと思ったのだが、


「ああ! あいつらはおいしい肉をくれたからな! 全員ナカマだ。しかも馬車をぶっ壊したらもっと肉をくれるって言ってた! だから壊す! ぶっ壊す!」


 ……あまり賢くないということくらいしか分からなかった。


「なんか、その……本当に勇者なのか? 仲間にこき使われてないか?」


「コキツカウ?」


「……勇者ってほら、パーティーのリーダーだろ? それなのに、仲間から肉を貰うために敵を倒すっていうのは……ちょっと変じゃないか。尊敬されてないっていうか……」


 パシられているというか。


「そ、そうなのか……? でも、肉もらえたからソンケーされてるだろ?」


「う、うーん……その仲間とはどこで会ったんだ?」


「……」


「きみはいつから勇者を名乗ってるんだ?」


「……」


「その剣はどこで……」


「……」


「あの……勇者サマ?」


「……ん? あ、肉のことを考えてた!」


 ……。


 ……とりあえず勇者ではなさそうだった。


「ミレートさん……!」


 ジュジュのひそひそ声が馬車の上からきこえてきた。


「どうした!? なにかわかったのか……?」


 俺も声を低くして聞き返すと、ジュジュの神妙な声が返ってきた。


「あいつすっごく馬鹿ですわ……!」


「……うん」


 もしかしてそうなのかもしれないと思っていたところだ。



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