第21話 『物語』と『勇者』
「朝から鍛錬なんてえらい」
「もうご飯が届いてましてよー?」
馬車に戻ると、ジュジュとフェルが御者台に座っていた。ふたりなかよく、姉弟のようにひとつの皿からパンを分け合い、ふたりそろって、口の周りをジャムまみれにしていた。
「ふたりとも、おはようございます! 朝からいい汗をかきました!」
「み、水をくれ……」
「お兄さん、死にそう」
「おねえさまの鍛錬についていけるなんて、もやし男にしては少しは見所ありますわね?」
フェルから受け取った水を飲み干し、ジュジュの髪をぐしゃぐしゃに撫でた(八つ当たりである)。
「うーやめろですわー」
朝食を済ませると馬車が動き出した。心地よい揺れと疲労感で眠くなるが、一日は始まったばかりだ。しゃっきりしないと。
「……というわけなんです」
ロシナがさきほどの魔術師の話をふたりに聞かせてくれた。
ジュジュはロシナの話を受けて、むむむむ、と眉を寄せた。
「なるほど、あの魔術士がそんなことを……」
「どうでしょう……? 呪術士長のグラヒド様から、『星見たち』に話を通してもらえそうですか?」
「おじいさまなら容易いことですわ。ただ、わたくしの意見を述べさせてもらうなら……あの魔術士の言う『物語』が『星見たち』の言う『物語』と同一であるかどうかは、怪しいですわね」
「そうなのか、ジュジュ?」
ジュジュはこくりと首を振った。
「『物語』の中身を知っているのは王城の中でも上層の者しかいないはずですわ。あんな何処のどなたに雇われたかも分からないザコ魔術士が知っているはずがありませんわ」
ロシナは「たしかに……」とうなずいた。
「『星見たち』の予言である『物語』は、王家に授けられるものです。従士たちや、ましてや城の外に知られるようなことはないはず……」
顎に手を添えて考え込むロシナに、俺は顔を向けた。
「そんなに『物語』は重要なのか?」
「はい。王の一族にとっては……とても重要なものです。建国史にも『星見たち』は賢者として登場して、初代国王である騎士王を魔王封印に導いたとされるのです。この国の転換点にはいつも『星見たち』の予言があり、そのおかげでこの国は幾度も危機を救われてきたのです」
「つまり、王族以外に『物語』の内容が語られることはないし、そんなことがあればこの国の一大事……か」
「お兄さん」
くいくい、とフェルが服の袖を引っ張る。
「ぼくたちも、最近まで今回の本当の旅の目的……『勇者の物語』を聞かされていなかった」
「……そうなのか?」
「ん」
俺の目は自然とロシナに向けられた。
「フェルの言うとおりです。『星見たち』の予言は王族が授かるもので、ほとんどの従士や廷臣たちには今どんな『物語』が予言されているのかは語られません。ジュジュとフェルに話したのは、ふたりを信頼してのことです」
「聞いたときはびっくりした」
「わたくしもですわ。今回の旅は国王様からも『姫のガス抜きに付き合ってくれ』とだけ。勇者の出現云々について聞かされたのは帰路についてからですわ」
ジュジュのことばに、フェルがうんうんとうなずいた。
ロシナの信頼する従者であるジュジュにもフェルにも、『物語』を知らされない可能性すらあったとは……。
「まあたしかに、この世界の未来を予言する『物語』だもんな。そのへんの一般人が知れば、国全体が混乱に陥る恐れもある……じゃあやっぱり、あの魔術士の言っていた『物語』は……」
「ただの嘘。少なくとも『星見たち』の語る予言とは別物ですわね」
「そうか……そうだろうな」
ジュジュは「最初からそう言ってますわー」と言いたげに肩を竦めた。
「でも」
と終わりかけた話を、フェルが受け取った。
「『勇者の物語』は外れた。このことは無視しちゃいけないと思う」
言葉少なだが、いつも真理を見つめている子だ。
俺は頷きつつ、フェルの頭を撫でた。
「……『警戒しろ』とあいつは言った」
「この先も何が起こるかわかりません……都は目の前ですが、気を引き締めていきましょう」
ロシナの緊張を伴った声に、俺たちが頷いた……まさにそのときだった。
俺たちの体が、そろって斜めに傾いた。
「!?」
馬のいななきとともに馬車が急に止まり、俺たちは大きく姿勢を崩したのだ。
ほとんど宙に投げ出される格好になったジュジュとフェルを両腕で支え、床板に震える足を踏ん張った。がくん、と一度大きく揺れると、馬車はもとの姿勢に戻った。
「……なんだ?」
前方でなにかがあったに違いない。
勢いよく戸を開けると、従士のひとりが前方から駆けてくるところだった。
「お、お伝えします――!」
息を切らしながら伝達された内容に――……
「先頭の馬車の前に、突然――『勇者』を名乗る者が現れ、道を塞いでおります……!」
俺たちはおどろきの声をそろえた。
「「「「――え?」」」」
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(山田人類)
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