7:夢の中の少女 


午前中で俺は用事を済ませてから智夏さんの待つ店に向かう。

店の前では既に楓が待っており、俺のことを見つけると手を振ってくれる。


「やっほー」

「かなり早く来たんだな。待たせてしまったか?」

「ううん、僕も今来たところだし大丈夫だよ」

「それよりもよかったのか?」

「何が?」

「俺の用事なんかに付き合っても楓は暇になっちまうだろ」

「そんな事は気にしなくてもいいよ。それに、今日はちょっと違うし」

「?」


何か含みがあるような話し方だった。

俺たちが店に入ると相も変わらずお客さんは誰もおらず、閑古鳥が鳴いていた。

本当に店が潰れてしまうのではないかと不安になる。


「全くいつからうちの店の前は待ち合わせ場所になったんだい?」

「聞こえてたんですか」

「そりゃあね。まるで恋人のような雰囲気だったじゃないか」

「えぇ!?」


男同士に何を言っているんだと呆れる。

楓は驚くが、なぜか否定せずに、もじもじとしながらこちらを見ており、何か言いたげだ。俺はそれを察してグッとサムズアップする。


「ほら、楓も困ってるじゃないですか。楓がいくら美少年だからって、そうやってからかったりするのはよくないですよ」

「ありゃ、これは重症だよ。頑張ってね、楓ちゃん」

「はい……」


智夏さんを注意すると、楓が俺の隣で肩を落とすようにうな垂れていることに気付く。そんな楓に智夏さんは、肩を軽く叩いていた。

あれ? 何か間違ったことを言ったのか? 


「それよりも、真くん、なんだいその荷物は」

「寝袋ですけど」

「え?!」


声を出したのは智夏さんではなく、楓の方だった。どうして楓の方が驚くのかは分からないが、智夏さんは考えるように手を顎に当てる。


「う~ん、それを使うことは許可できないかな」

「な、なんでですか?」


いきなりとんでもないことを言うなこの人は。楓、どうして寝袋に手を伸ばしているんだ? 


「それがこの店のルールだからさ」

「そんなルールがあったんですか?」

「今、作った。この店の店長は私だ。つまり、この店のルールは私が決める」

「お、横暴だ。ただの職権乱用ですよ!?」

「真くんはうちの店で働いてないからセーフだ!」

「えぇ……」


俺は不満そうな顔をしているうちに寝袋は回収されてしまった。

仕方なく昨日のように俺はカウンターの奥に入り、寝れそうなスペースを探す。

カウンターの奥は物置になっており、その一部が妙に空いていた。

しかもご丁寧に床にはカーペットが敷かれていた。


「昨日の夜に用意したんだ」

「やりすぎですよ。俺はただの客なんですから」

「うん? 誰が君のためって言ったかな?」

「え?」

「はい、じゃあ今日は私の膝ではなく楓ちゃんの膝枕で寝てもらうよ」

「……楓の膝?」


俺は楓を見る。楓は俺と顔を合わせずにカーペットのところにちょこんと座り、膝を俺の方を向いて叩く。


「か、楓? 冗談にしとけよ?」

「僕、本気だよ。確かに僕の膝は小さいかもしれないけど……柔らかいと思う!」

「いや、どこに自信持ってんだよ。別に膝枕なんてしなくても俺は寝れるんだぞ?」

「やっぱり僕じゃ駄目かな?」

「……いえ、お願いします」


俺は上目遣いでそういう楓を無碍に扱う事はできなかった。これがむさ苦しいオッサンであれば一蹴しただろうが、相手は女の子かと見間違うほどの美少年だ。

昔、学生の頃に友人が可愛ければ男でも良いと言ってたが……なんとなくその気持がわかってしまった気がする。


心を無にして俺は楓の膝に頭を乗せる。

楓の顔を見ないように顔を背けると智夏さんがスマホを向けていた。


「いいねぇ、初々しいよ。私の廃れきった心がキュンと来ちゃうね」


スマホを片手に何を言っているんだと思いながら突っ込む余裕すら俺にはなかった。

昨日の古びた弓は既に用意されており、俺はそれを握る。


「じゃあ、行ってくる」

「うん、待ってるね」


楓の声を最後に俺は無音の世界に放り込まれた。

いつもの感覚を味わっているといきなりあの扉の前に来ていた。


「今回はここからなのか。入るぞ~」


俺はノックをして、返事が返ってくる前に入る。

するとベッドの上で布に包まっている少女はこちらを見て驚いていた。


「え、なんで?」


俺がいることに驚いている様子だ。

どうやら、爺さんの時と同じで夢想の中での記憶は引き継がれているようだ。

俺は部屋に入り、少女とは距離を取って話す。


「あ~……まぁ、怪しむのもわかる。だが、俺の話を少し聞いてほしい。いいか?」


少女は何も言わない。頷いたような気もしたが、それは俺の気のせいかもしれない。

俺は拒まれていないような気がして、勝手に話し出す。


「俺は夢想というスキルで物に込められた記憶に入り込む事ができる。つまり、ここは夢の中なんだ」

「……そう。やっぱり、私はまだ覚めていないのね」


少女は落胆するように視線を下に向ける。だが、それと同時に少女は納得したのか怯える様子は無くなっていた。


「あなたは、夢に現れる神様なの?」

「そんな偉い存在じゃない。俺はただの人間に過ぎない」

「人間? 人間が私に何の用?」

「いや、用というか前に来た時に泣いてただろ? それが気になって来ただけなんだよな。ぶっちゃけるとそれ以外は特にないんだ」

「……泣いてない」

「え、いや、泣いてただろ」

「泣いてないもん! 知らない場所に飛ばされて、不安で泣いてなんかいないもん」

「あ~、はいはい。じゃあ泣いてなかった。あれは俺の勘違いだったみたいだ」


どうやら少女は泣いている事が恥ずかしいようで、泣いていた事を否定してきた。

思いっきり泣いて、なんなら俺はその過程で殺されているが今はそんな事はどうでもいい。


「知らない場所ってここのことか?」

「うん。知らない、部屋の中にいつの間にか私はいた」

「前はどこにいたんだ?」

「何もない場所。パパもママもルルもカーマもいない場所」

「そっか」


前にいた場所を話している少女の顔は悲しげだった。

何もない場所に一人で住んでいたようだ。一体、どうしてこんな少女が一人で暮らさなければならないのか。俺にはわからなかった。


「なんでそんな場所にいたんだ」

「眠ったから」

「眠った?」

「そう。私は眠ったの。私が起きてると、皆怖がるから」


俺は少女の言うことがわかっていなかった。眠ったということはこれは少女の夢でもあるということなのかもしれない。だとしたらあの弓は一体誰の弓だという話になる。あの木刀は恐らく爺さんの使っていた物だろう。夢の中でも爺さんは俺と同じ木刀で戦っていた。だが、この少女があの弓を手に持つ姿はパッと浮かばないのだ。

俺が黙って考えていると少女は包まっていた布を取る。


「私が怖くないの?」

「怖くはないぞ? まぁ、前回のあれはびっくりしたがな」

「……ごめんなさい」

「あれは魔法なのか?」

「そう。私の目に刻まれた魔術のせい」

「う~ん? わからんが、にしても綺麗な目だな」


少女は目を指さして説明をするが俺には魔法とか魔術とかはわからない。

スキルで魔法を使える人もいると聞くが、俺は見たことがないのでよくわからない。

少女の目をよく見るために近づいて、覗き見るがその目には薄っすらと模様のようなものが描かれているように見えた。


「あわわ、ち、近い!」

「うぐっ!? ぐるしいぃ」


少女が慌てて俺の前で手をあわあわしだす。それと同時に息が急に吸えなくなった。

これが先程言っていた魔術とやらだろう。少女の目に薄っすらと金色の線が浮かび上がって……。


いや、そんな事を冷静に考えている場合じゃないぞ。マジでこのままだと前回と同じはめになってしまう! 

俺は少女から急いで離れて距離をとる。


「ぷはぁ~!」

「ご、ごめんなさい。その、私……魔術が操作できなくて。私の視界に入らないでください」


少女は目を手で隠してそういった。どうやら、視線に俺が映らなければ大丈夫なようで今は息が吸えている。


「なるほどな。つまり、あれだ……魔眼的な力だ」


漫画とかである能力だ。少女はその力を持っており、まだ完全にはその制御ができていないということなんだろう。


「魔眼? これの事?」

「そうそう、目を見たら死ぬとか、破裂するとか、燃えるとかの能力のこと」

「何それ、怖い」

「いや、お前の力も同じようなもんだぞ」


少女は最初の時とは違い、俺に対しての警戒をだいぶ解いてくれているようだ。

口数も増えており、話してみると普通の少女であった。

目は隠して貰っているため、俺が死ぬこともなく会話は弾む。


「そう言えば、名前を聞いてなかった」

「私はフェールシア。皆んなは私のことをシアと呼ぶ。真もそう呼ぶと言い」

「シアね。現実のシアは眠っているんだよな?」

「そのはず。でも、ここに私はいる。真はここは夢の中だと言った」

「あぁ、ここは夢の中だ。現実の俺も眠っている」


現実のシアはどこにいるのか。

もしかしたら、異世界とやらにいるのかもしれない。だが、それは可笑しい。

俺が夢想というスキルで見ている夢は、物に刻まれた記憶によって形作られた。

弓は異世界ではなく、地球にあった。迷宮の中に……。


自分の中で馬鹿馬鹿しいと思える仮説が出てきた。

それは迷宮が異世界とつながっているのではないかという仮説だった。


「この夢の中は温かい」

「シア?」

「真、暫く私は真の夢の中に居てもいい?」

「全然、大丈夫だが……俺が覚めた時はこの夢ってどうなるんだ?」

「真は目覚めるのか?」


シアが、そんな質問をしてきたことに可笑しいと俺は思った。

俺は一度死ぬ体験で夢から覚めている。つまり、この夢の世界は終わっているはずだ。だが、シアはそれを知らない。


「シア、俺が一度死んでからどれくらい経過した? 一日ぐらいは経過したか?」

「何を言ってるの? 真は直ぐに扉の奥に現れたでしょ?」


俺はその言葉で夢の時間と現実の時間軸がかけ離れていることに気がついた。

そうか、妙な違和感はこれだったのか。


シアに聞かれてもう一つ、俺の中で疑問が生まれた。

俺はどうしたら目が覚めるのだろうか。今までは殺される事によって、つまり夢の中で死ぬことで夢から覚めていた。つまり、それ以外の方法を知らないのだ。

爺さんの夢も最後にどうやって覚めたのかは覚えていない。なので、死ぬしかないのだが、シアにもう一度殺してくれと頼むのは無理だろう。


「俺、どうやって夢から覚めるんだ?」

「真も夢から目覚められないの?」

「も? ということはシアも起きれないのか? 意図的に寝てるんじゃないのか?」

「眠ったのはそう。でも、いつの間にか起きれなくなってた。気づいたら1000年も眠っていたから」


……桁が違いすぎて俺は固まっていた。

脳裏に過るのは、夢から起きることができない1000年後の俺の姿であった。

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ガラクタは俺に取っては最強への鍵だった!? 3年間、殺され続けた俺は【夢想】で無双する!  @te_fish_ko

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