6:二人目
智夏さんの条件とはこの店で智夏さんの監視の下でスキルを使うことだった。
別にそこまでしなくても良いじゃないかと思うが、智夏さんが納得してくれるなら俺はそれで良かった。
「どうだい? 寝苦しくはないかな?」
だが、これは違うだろ。こんな事を予想して納得したわけではない。
「だ、大丈夫です。えっとなんで膝枕なんですか?」
俺の頭は智夏さんの頭の上に乗っけられていた。満足そうにしている智夏さんは俺の頭を優しく撫でてくる。
「ここには寝るような場所はないからね。そもそも小さな店だし、真くんが寝るならお姉さんの膝くらいしか場所を提供できないんだよ。不満かい?」
「いえ、全く!」
「真、鼻の下を伸ばすのはどうかと僕は思うよ」
「…伸ばしてねぇよ」
嘘です。全然伸びてます。多分ですが伸びまくりです。
智夏さんのような美人の膝で寝れるなんて誰が想像しただろうか。楓が嫉妬するのもわかる。男ならお姉さんの膝で寝れるものなら寝たいよな。後で感想は聞かせてやるから安心しとけ。
「智夏さん」
「ん?」
「あの、肝心の物は」
「あぁ、忘れていた。これさ」
俺が渡されたのは寂れた金属のような物で作られた弓だった。浅い傷があちらこちらに出来ており、その弓に弦は張られていなかった。
「ボロボロですね」
「迷宮から出てきた時には既にこうだったそうだよ。じゃあ、やってみな」
「わかりました」
俺の推測が正しければ、また同じ空間に行くことが出来るはずだ。
後頭部に柔らかな感触を感じながら、俺はスキルを使い眠りにつく。すると、いつもの感覚がやってきた。
体全体が浮遊感を感じたと思えば、どんどん下に落ちるような感覚だ。
そこは真っ暗で何も見えないのだ。自分が目を開けているのかすら判断することが出来ないほどに暗く、静かな場所を永遠と落ちていく。落ちていくとやがて地面に足がついた。自分を中心に黒色の世界に明かりが灯っていく。
視界が晴れた時に見た光景はあの時に見ていたものとは全く違うものだった。
「ここはどこなんだ?」
ある家…というよりかは屋敷のような内装を見て俺はそう感想をこぼしていた。
西洋風の屋敷にありそうなシャンデリアや高価そうな調度品の数々は、一度目の経験とは違う不気味さを感じさせるものだった。
そして、聞こえてくるのは子供のすすり泣く声だ。
警戒しながら階段を上がり、右の廊下を進む。廊下の左右にはいくつもの部屋があり、子供の声はその一番奥の扉から聞こえてくるものだった。
扉に近づくにつれてその声は大きくなっていく。そして、泣き声とは別の少女の声が聞こえる。
「どうして、みんないなくなちゃったの? どうして、私を置いていくの?」
扉の前で立ち止まり、扉をノックするかを考える。
俺、ホラーとか無理なんだよな。かなり怖いが、この夢があの弓と関係しているのだとしたら進まないといけないし……。
恐る恐るノックを軽くする。
すると扉の向こうで泣いていた声が消えた。俺は少しだけ扉から離れる。
「だ、誰?」
「俺は真だ。小野田 真って言う。ちょっとここに用があって来たんだ。そしたら泣いている声が聞こえてさ」
まぁ、用があるのは嘘ではない。この声の主が器の記憶と関係しているのだとしたら、一先ずは話してみないとな。
「開けてもいいか?」
「……」
俺の問いかけに返事はなかった。
特に拒むような声もないし、開けてみるか。
扉を開けると広い部屋が広がっていた。大きなベッドと机や棚など生活していたことがわかる。そして、俺が一番に目が向いたのはベッドの上でこちらを見ている少女だった。
俺はその少女を見て口を開けて止まっていた。
薄い金色の長い髪と青い瞳は少女の印象を特徴づけるには十分なものだった。
だが、それではなく俺が驚いたのはその少女の耳だった。細く横に長い耳はまるで漫画やアニメに出てくるようなエルフの姿そのものだった。
少女は怯えていた。体を小さく震わせており、今にも泣きそうな顔で俺を見ている。
落ち着かせるように声を出そうとするが、なぜか声が出なかった。
「ッ?!」
「怖い、嫌だ……傷つけないで」
エルフの少女は掌を俺に向けた。その瞬間に急な目眩がした。そして、深呼吸をしようとした時に違和感に気づいた。
い、息ができない!? 不味い、このままだと死ぬ。
水の中でもがくようにして少女に手を伸ばすが、俺はそのまま床に倒れる。体を捻りながら、床に引かれている絨毯に爪を立てる。
「怖い、怖いの。もう来ないで」
視界が真っ赤に染まる時に聞こえたのは少女の悲痛な叫びだった。
そして、俺は目を覚ます。
眼の前には俺の顔を心配そうに見ている楓と智夏さんがいた。
膝枕が終わるのは少し悲しいが、ゆっくりと体を起こす。
「大丈夫? 物凄くうなされていたけど」
「……平気だ」
「何があったの?」
「エルフに会った」
「ふ~ん……えッ!? エルフ!?」
楓が驚く。まぁ、誰しもその存在の名前が出てくれば驚くだろう。
俺はまた爺さんのように戦うのかと思っていたがどうも違うようだ。夢の中で死んでも現実では死なない。しかし、死を体験するのはそんな良いものではない。
体験せずに済むのであれば、それに越したことはない。
俺は強くなりたい。その一心で俺はこの弓に刻まれた記憶とスキルを使った。
だが、あの少女が俺を強くしてくれるとは思えなかった。爺さんのように成長できるのかは正直に言うと怪しい。
だが、俺は行かないといけないと強く感じた。
「……もう一度やる」
「ダメッ!」
俺がその場で座りながら目を閉じて眠ろうとすると頬を抓られる。
「いてててッ! いたい! いたいんだけど!?」
「その右手のやつ、早く離して」
「わかったから、抓らないで」
俺は右手で持っていた弓を楓に回収される。楓は、俺から取られないように弓を両手で抱えるように持ち、俺から距離を取る。
何が何でも俺にあの弓を取られたくないようだった。
「楓ちゃんの反応も頷ける。真くん、君は相当うなされていたんだよ」
「え?」
「最初はすやすや眠っていたんだよ。それはもう可愛らし寝顔でね」
「いや、あんまり人の寝顔を見ないでくださいよ」
「でもね、起きる少し前に急に苦しみだしたんだ。そして、真くんは夢から覚めた。夢の中で何が起きたのかな?」
智夏さんは俺の目を見て聞いてきた。
きっと何が俺の身に起きたのかは予想出来ているんだろう。
「何が起きたのかは俺にもわかりません。エルフの少女が手を前に出した瞬間に俺は息ができませんでした。そして、俺は夢の中で死んだんだと思います」
「そうかい。レンタルは一日に一度だ。来るならまた明日に来なさい」
「……わかりました」
俺は楓と一緒に店を出る。迷宮街の大通りの方へ横になって歩く。
隣を向くと楓は難しい顔をしながら何かを考えているようだった。
「ねぇ、真はさ」
「うん?」
「死ぬのは怖くないの? 夢の中で何回も死んでいるんでしょ?」
「怖い。滅茶苦茶に怖いし、最初は寝るのが億劫だった」
「じゃあ、どうして」
「行きたい場所があるんだ。特異迷宮って知ってるだろ?」
「世界で6つある最難関の迷宮のことだよね」
迷宮には階級がある。初級、中級、上級とある。だが、そのどれにも属さない特殊な迷宮を特異迷宮と呼ぶ。日本には、その一つがある。
「その迷宮に入るのが夢なんだよ。強くなって、爺さんをぶっ倒したいのは事実だ。けれど俺がこの道を目指したのはその夢があったからだ」
「……そっか」
「そのためには少しでも強くなる必要があるんだ。だから、先ずは初級迷宮に入るために免許の取得をしないとな」
迷宮街で楓と別れ、俺は家へと帰る。
一人暮らしには慣れたが、今でも時々両親から心配の連絡がやってくる。
そして、一通のメッセージが来ていた。それは楓からだった。
別れる前にアプリの連絡先を交換していたのだ。
『やっほー、届いてる?』
『届いてる。じゃあ、また明日な』
『明日、あのお店に行くの?』
『そうだ。午後に行こうと思っている。楓はどうするんだ?』
『僕も行くよ! 時間だけ教えてね。絶対だからね?』
楓は可愛らしい犬のスタンプを送ってきた。俺は時計を見ながら店に向かう時間を考える。
午前中はスーパーで買い物だな。それが終わって店に向かうとすると……14時位が妥当か?
『多分だが14時位に店に向かう。だから店には14時30分ぐらいにつくだろう』
するとOKという同じ犬のスタンプで返信が来る。
この犬の犬種はハスキーか? そう言えば実家で飼ってた犬がいたなぁ。俺には全然懐いてなかったけど、元気だろうか。
その日の夜はぐっすりと眠ることができ、いつも以上にスッキリとした朝を迎えるのだった。
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