5:呪い 

東京駅の側にある迷宮街は今日も賑わっていた。朝との静けさとは違い、昼過ぎの賑わいは全く別の場所だと勘違いするほどだ。


「やっぱりここの迷宮街は賑わってるね」


楓は周りの様子を見ながらそういった。

確かに賑わっている。いつもよりも賑わっているような気もするな。


「楓は東京以外の迷宮街に行ったことがあるのか?」

「うん、横浜と仙台の迷宮街にあるよ。どっちも楽しかったけど、賑わいはこっちのほうが凄いね」


迷宮街は迷宮に入る者のみが来る場所ではない。迷宮から得ることが出来る鉱石、薬の原料となる魔石、薬草などを求めてくる一般人も来る。


「まぁ、一般人も来るからな」

「そうだよね。それで? 例のお店はどこにあるいんだい?」

「この曲がり角を右に曲がって真っ直ぐに行くと左に細い脇道があるんだ。その路地に店があるよ」

「随分と面白い場所にあるんだね」


俺も最初は不思議だった。どうしてこんな場所に店があるのかと、もっと正面に店を構えることができればお客さんも入ってくるだろう。

智夏さんの店を見つけたのは本当に偶然だった。迷宮街で武器を取り扱っている店は多いが、その武器のどれもが高級な代物ばかりだ。

バイトで日銭を稼いでいる俺からすれば、そんな高級品など手が出せるわけがない。だが、せめて訓練用の武器が欲しかったのだ。俺は安い物はないのかと探し回って、智夏さんの店に行き着いた。


「よし、ここだ」

「……なんというか趣があるね」

「いいんだぞ、ボロいって言っても」


木でできた看板は字がかすれており、壁には蔦が生えている。その外見はどこぞの幽霊が出そうな物件だ。何も知らない人がこの道を通ってもこれが店だと分かる人は少ないだろう。

俺が入ると中には肘をつきながらこちらをジト目で見る智夏さんがいた。


「悪かったね、ボロいお店で」

「あ、いやぁ~」

「生憎と壁が薄いもんで聞こえてくるんだよ。それで、何か弁解はあるかい?」

「……お客さん、連れてきたから許してくれません?」

「滅茶苦茶に許す! いやぁ~、真はやっぱり出来る男だね」


とびっきりの笑顔に変わり、そんな世辞を言われる。

掌の変わりようはツッコミ待ちなのか?  


「それにしても、真も隅に置けないね。こんな可愛い子を直ぐにうちに連れてくるなんてさ」


智夏さんは楓を見てそういった。やはり、パット見は女の子に間違われるのは、俺の勘違いでもないようだ。


「コイツ、男だぞ」

「えぇ!? いや、でもどう見ても」

「あはは……」


困ったような顔をする楓を智夏さんは見る。

その目は何かを疑うような目をしており、上から下を隈なく見ていた。


「まぁ、いいさ。それで? お客さんというのはそっちの子かい?」

「そうだ。智夏さんの刀に惚れたんだとさ」

「は、はい! あの刀を打たれたのはあなたですか?」

「勿論、私だけど……何の用だい?」

「もし、よろしければ私にも刀を打ってもらいたいのです」


今度は智夏さんが困惑したような顔をする。俺の事を見る表情から読み取るとこの子は正気なのかと聞いてくるようだった。


「あの刀の事を褒めてくれるのは有り難いよ。でも、あれは偶然の産物なのさ」

「偶然の産物ですか?」

「そう。真くんは職人スキルの話を聞いたことはあるかい?」

「鍛冶や陶芸のようなスキルのことですね」


スキルの種類は多岐にわたる。俺のようなどこで役に立つのかわからないようなスキルもあれば、一部の職業が持つようなスキルもある。それが職人スキルと呼ばれている。


「そうさ。名人にもなるとスキルから声を聞くという」

「声?」

「私にはさっぱりだが、私の師匠である人は聞いていたよ。素材が語りかけてくるんだと、どこを叩いて欲しいのか、どれくらいの強さなのか、熱さはどれくらいがいいのかとね。本来であれば職人が自分で考えなければならない事を声を頼りに一緒に作る。それができて初めて名人と呼ばれるんだ。私が真にあげた刀はその声を偶然聞いた私が作り上げたものさ」

「……それって、智夏さんが名人ってことなんじゃ」

「違う。その刀は未完成なんだよ」

「えっ?」


あの切れ味を持つ刀が未完成? 

俺はコボルトの体を紙切れのように切り裂いた光景を思い出していた。あれほどの鋭さを持っていながらこの刀は未完だと言う。


「途中で声が途切れたのさ。何をしても聞こえなくなってしまったんだよ。焦った私はその未完成のまま打つことを止めてしまった。それであの刀が生まれたのさ。会心の出来だった。私が打った刀の中でも飛び抜けて良いものだった。しかし、駄目だったんだ。半端な刀だと否定されてしまったのさ」


悔しそうな声で智夏さんは話す。

スキルの声なんて俺にはわからない。でも、それまでしてきた努力が報われず、願いが叶わない悔しさを俺は知っている。それと同じものを今の智夏さんは感じているのかもしれない。


「もう私のスキルは死んでいるんだ。だから私はもう打てないんだよ、悪いね」


その笑顔は苦しさに満ちていた。だが、それを問うことが出来る者はこの中にはいない。俺もただ黙ることしかできなかった。


「…わかりました。無理に打ってくれなんて僕はいいません。また、気が変わったら教えて下さい。ですが、偶然でもあの素晴らしい刀はあなたの手から生み出された物です。半端なんて言わないでください」


楓も智夏さんが打てない理由をわかっている。だから、無理して打ってもらおうとはしなかった。そして、楓は智夏さんが半端だと言ったことを咎めた。


「ありがとうね。そうだね、自慢の私の子だよ。真くん、刀を見せてくれるかな?」

「わかりました。今日、少しだけ使ったので見てみてください」


刀を出してカウンターに置く。智夏さんは手袋をつけ、慣れた手つきで鞘から抜いて、刀身を見る。光に当てて、状態の確認をする。


「大丈夫そうだね。本当に今日、使ったのかい? 全く何かを切ったような後がないんだけど」

「本当ですよ。何を疑っているんですか?」

「刃に少しも傷がないなんて事があるかい? 何かを切れば後が残るもんだよ」

「それだけ、真の腕が良いってことだね。流石は真だよ」

「んなことねぇよ。俺なんてまだまだ拙い」

「へぇ~?」


楓が褒めると智夏さんがニヤニヤとしながら俺と楓を交互に見ている。

俺でもわかるが、あれは碌なことを考えていない顔だ。


「真くん、師匠でもいたのかい?」

「まぁ」

「誰なんだい? 真の事をあそこまで育てたんだから有名な刀剣の使い手なんだろうけどさ」


楓は興味があるようで爺さんについて聞いてきた。正直に言って俺も爺さんの事は全く持ってわからない事だらけだ。夢で会えば直ぐに切り合いが始まる。会話という会話なんて数えるほどしかしていない。だからこそ、俺は最後の試合であんなに喋る爺さんに驚いていた。

楓は刀に詳しい。もしかしたらその使い手についても詳しいかもしれない。

夢の中で爺さんが教えてくれた名前を楓に聞いてみる。


「ヤマト トウゲンって聞いたことあるか?」

「う~ん、僕は聞いたことがないね」

「私もないねぇ。その爺さんが真くんの師匠なのかい?」

「はい。そうなんですけど、あまり有名じゃないみたいですね。それよりも智夏さんに聞きたいことがあるんです」

「ん? なんだい急に」

「器……例えば物に人の記憶が刻まれることとかあるんですか?」


俺がそう聞くと智夏さんは驚いた顔をする。俺はその顔を見て不味いと思った。

やべぇ、変人だと思われたか? まぁ、そうだよな。いきなりそんな事を聞くなんて頭がいかれてるって話だよな。


「いや、今のは忘れてください」

「真くん、君は物に込められた記憶を見たんだね?」


智夏さんは妙に的確な質問をしてくる。

俺はそれに頷く。するとため息をついて頭を抱えた。


「はぁ、あの木刀はやっぱり……」

「知ってたんですか?」

「いや、知らなかった。正確に言えば、私は気づかなかったのさ」

「どういうこと? 物に込められた記憶ってなんの話しだい?」


楓は俺に聞いてくる。智夏さんも俺が話すのを待っているように黙った。

もうこうなれば話さずにはいられないだろう。そう思い、俺は爺さんに出会ったことを話し、俺が刀を使える理由についても話した。俺のスキルについても少しだけ説明したが、これは俺の憶測であり完全なものではない。


「真くん、君には本当に申し訳ない事をしてしまった。心からお詫びする」


話を聞いた智夏さんは俺に頭を下げた。

俺はどうして頭を下げられているのかわからずに慌てて反応した。


「えッ!? いや、頭を上げてくださいよ。なんで謝っているんですか? 俺、お陰で強くなれたんですよ?」

「違う。確かに君は強くなったかもしれない。けれどね、一歩間違えたら君は死んでいたかもしれないんだ」

「ん?」


別に死ぬ要素なんてないよな。夢では確かに殺されるかもしれないけど、現実で死ぬわけでもないし。


「ま、真? 今の話が本当なら君は夢で何回殺されたんだい?」

「えっと……1000回は越えてるかもな。3年ぐらいだし、それくらいだな」


それを聞いた楓は絶句していた。智夏さんの顔も先程よりも遥かに青ざめたように顔色が悪くなっていた。


「それはつまり、寝てしまえば君は死ぬ体験をするということだよね? 本当に平気だよね? 今も無理をしているわけではないのかい?」


楓は心配そうに俺の体をペタペタと触る。

だが、俺はこの二人の反応が思っていたものよりも違って困惑する。

別の方向で心配されると思ったんだがな。頭大丈夫? とか言われる覚悟はしてた。


「無理なんてしてない。智夏さんも、俺は平気なんで気にしないでください」

「いや、それでもだね」

「あぁ、じゃあ俺の質問に答えてください。あの木刀のような物、この店にあるんですか?」


俺が質問すると言いたげなさそうだったが、何も言わずただ静かに頷いた。


「じゃあ――」

「それは駄目だ!」


智夏さんは怒鳴るように俺の言葉を遮った。

それははっきりとした拒絶であり、俺は思わず口を閉じてしまう。


「まだ何も言ってませんよ」

「どうせそれを売ってくれと言うんだろう? 私に二度も間違いさせる気かい?」

「俺は死にませんよ」

「そういう事を言っているんじゃないよ。真くんの買った木刀のように持ち主に武器に込められた記憶を覗かせるのは一種の呪いなのさ。たちが悪いのは、鑑定しても呪いが見えないこと。その呪われがあの木刀だというのなら、あれも呪われている。迷宮産であり、特別な能力の無い弓なんか十中八九そうだろう」


ますます俺はその弓が欲しくなった。だが、智夏さんは本当に俺にそれを売る気がないのだろう。カウンターから全く動く気配がない。


「それを俺に売ってください」

「嫌だ」

「……お願いします」

「真ッ?!」


俺は店の中で膝をつき、頭を下げる。いわゆる土下座だ。

楓は俺を立たせようとするが、俺は頭を下げ続けた。


「なんでだい!? 十分に強くなったはずだ。刀を見ればわかる、相当な腕の持ち主に坊やはなっている。迷宮の調査だってその腕があれば、問題なく出来るはずさ」


智夏さんは俺を説得するのが必死でいつもとは違う荒々しい口調だった。

だが、俺にも譲れないものはある。


「足りないんです! あの爺さんに俺は勝てなかった! 一撃しか当てる事ができなかったんです。勝ち逃げされたんです……」

「真くん」

「次会った時に思いっきりぶっ倒せるくらい強くなっておかないと、笑われてしまいます。俺はまだ強くなりたい。だから、お願いします。俺に売ってください」


最初は迷宮調査をすることが夢だったから。誰も一度は憧れる迷宮に入りたかった。

迷宮の調査は人を助ける行為だとわかってやる気が出た。迷宮の資源で救われる人もいることを知った。


でも才能が無く、迷宮に入る事を拒まれた。あの時に俺は一度夢を捨てたんだ。

それを拾わせてくれたのが爺さんだった。何度も俺を殺して、何度も挑ませてくれた。死ぬぎわに一言だけアドバイスをくれるあの爺さんに俺は救われたんだ。

いつしか、悟った。爺さんが手加減していることに。

爺さんが満足して戦わせてあげたかった。俺はいつしかそう思いながら努力を積み重ねていた。


そして爺さんに勝ったあの日。あの一瞬は爺さんが本気で俺を殺しに来ていた。

俺はそれが嬉しかったんだ。だからこそ、今度は最初から本気でやりたい。

そのためにはあの爺さんを挑む側にする必要があった。


「……はぁ、わかった」

「では!」

「でも売らない。レンタルなら許可しよう」

「れ、レンタルですか?」

「そう。使うなら私の監視下にあるこの店に来て使うこと。これが条件だよ」


とんでもない条件で俺は2つ目の武器を手に入れてしまった。

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