4:武器術試験とお昼
「うん? おい、そこのお前たちは試験を受ける受験者か?」
「あ、はい。そうですけど……もう始まっているんですか?」
俺は文字通りに女性の尻に敷かれている男を見てそう聞く。時計を見るが、試験の開始にはまだ早い時間だった。
「いや、始まっておらん。だが、既に随分と集まっていたのでな。仕事は早めに片付けた方がいいだろ? それに、私に対して舐めた口を聞いてくれたお礼をしなければ気がすまなかったのだ」
うん、恐らく後者の理由が半分を占めている事は確実だろう。
俺は女性が持つ武器に目が行く。
鞭を武器として使う人はいるが、それでも少ない。他にも床に転がされている男達を見る限り、よほど鞭の扱いに長けているようだな。
「あ、僕は見学者だからね。試験を受けるのはこっちだから」
「お前か……ほぉ? 知能しかないと言われていた男がついに武力を得たか? それともただの勘違いか。得物は?」
「これだ」
俺は刀を見せる。すると、女性は俺の事を馬鹿にするような目で見た。
そして、落胆するようにため息をつく。
「刀か……一定数はいるのだ。日本人なのだから刀を使おうとする愚か者がな。そして大抵はその馬鹿どもは刀を満足に扱えずに不合格になる」
「俺もその一人だと?」
「さぁな。それを今から確認するのが私の仕事だ。お前たち、邪魔だ!さっさと退場しろ!」
床に転がっている男の事を足で蹴り上げて移動させている。
うわ、ヒールの踵で踏まれてるし、痛そうだなぁ。一定数、興奮してる奴がいるな。もしかして、開始前に集まっていたのって、そういう奴らか?
「よし! これで空間は確保できた。では、始めるとしよう」
「お願いします」
俺は刀を鞘に収めたまま、ジッと女性の鞭を見る。
女性は鞭をしならせ、床にパチンッ!パチンッ!と打ち付ける。その動きは不規則であり、別の生き物であるかのような動きだった。
「攻めてこないのかい? なら、私から行くぞ!」
女性が鞭の先を俺に当てるようにしならせる。刀でそれを弾こうと刀身をあわせる。
だが、それを避けるように鞭が急にその軌道を変え、俺の肩に潜り込むように当たった。
「うぐっ!?」
「ほらほら! どうしたんだい? もっといい声で鳴いてもいいんだよ? もっと腹から声出してお前の情けない声を聞かせてくれよ!」
「生憎とそんな趣味は持ち合わせてないんでね!」
距離を詰めるが、鞭による薙ぎ払いで足を止められる。
思ったよりもこの武器は、相手にすると面倒だということがわかる。
「刀のリーチと鞭のリーチを埋めるには距離を詰めるしかない。だけど、そんな事はさせないよ? 私には絶対に近づけないよ」
俺はもう一度同じように真っ直ぐに女性の方に走り出す。すると同じように横払いの攻撃がくる。
「同じ事を繰り返すつもり?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ」
さっきの攻撃のときに俺は上に飛んで避けた。だから、距離を詰め切る事が出来なかった。なら、距離を詰めつつ、鞭の攻撃を避ければいいのだ。
前に自然に倒れるように重心を移動して地面と体が平行になるその寸前に足に思いっきり力を込める。そして、地面を蹴り上げて距離を一気に詰めた。
「なッ!?」
「終わりです」
俺は女性の体に触れることが出来る距離まで詰め寄り、棟の方を女性の体に当てる。
「……ふぇ?」
「近づけちゃいましたね?」
「ッ!」
俺がそういうと女性はバッと俺の事を両手で押して距離を取る。押された俺は態勢を崩してしまい焦っていた。
あ、しまった! 距離を取られたらまた鞭の攻撃が飛んでくるじゃないか!
攻撃に備えると追撃は来なかった。ただ肩を強く震わせており、その表情は赤くなっていた。
怒ってるのか? さっきの言葉が煽るように聞こえたんだ。……試験が不合格になるかもしれない。どうしよ、なんとか弁解しないといけない。
「え、えっと……」
「お前、名前はなんという?」
「ま、真です。さっきの言葉なんですけど、そんな煽るような意図はなくて」
「真、合格だ」
「え?」
「……私は奏伽という。これが私の連絡先だ」
「ん?あ、はい」
「では、他の受験をする生徒もいないようなので失礼するッ!」
そういうと奏伽という女性は物凄い速さで部屋から出ていき、俺はそれを唖然と見ることしか出来なかった。渡された紙切れには連絡先が書かれていた。
楓のところに戻ると何故か冷たい眼差しで俺を見る。
「ねぇ、真ってさ。自覚ないよね」
「なんのだ?」
「はぁ、もういいや。僕、お腹空いたよ。何かお昼でも食べよう?」
「確かにそうだな。朝から動きっぱなしで疲れた」
養成所の中には沢山のお店が入っている。有名な日本食料理店、中華、イタリアン、フランス料理など様々なジャンルがある。だが、かなり値段もするので金のない俺はそんな高級な店ではなく、庶民に優しいジャンクフードであるハンバーガーとポテトを食べていた。
安くて上手いってやっぱり最強だよな。この高カロリーを接種しているんだという罪悪感は凄まじいものがる。だが、それがいいんだよなぁ。
昼食に舌鼓を打ちながら先の事を少し考える。俺はこの日、合格が絶望だと言われた実技の試験に二つも合格した。そして、残されているのは後二つの試験だけだ。それは、迷宮探索能力試験、身体能力試験の二つだ。
前者は迷宮での判断や迷宮に対する知識、戦闘の仕方などを実際に迷宮の中で試験するものだ。そして後者は単純であり、最も俺を苦しめた試験だ。
普通の能力者であれば、この試験は最初に突破する試験なのだが……俺は出来なかったのだ。全ての能力が一般人から毛が生えた程度であり、他の能力者と比べると月とスッポンであった。
今日はもう試験の予定はないため、昼を食べた後は楓を智夏さんに紹介するだけだ。
お客が増えて嬉しいと思うが、余計なお世話じゃない事を祈るばかりだ。
「ねぇ? 真、聞いてるの?」
「ん? すまん、考え事をしていた。何の話しだ」
「卒業したらさ、僕と一緒に組んでよ」
「組む? パーティーのことか」
「そうそう。僕と真なら相性もいいでしょ? 後衛で支援しながら戦える僕となら近接で戦う真も気兼ねなく戦えるしね」
「パーティーかぁ」
俺はあまり乗り気ではなかった。その理由は単純に自分に自信がないのである。
誰かとパーティーを組んで迷惑をかける可能性だってある。今だって、試験を乗り越えるのがやっとだ。
余裕そうに見せていたが、さっきの試合だって一つ間違えればあの鞭の嵐に呑まれて終わっていただろう。
「む! 僕とじゃ不満かい?」
俺があまり乗り気ではないことに楓はムッとした表情をする。
どうやら、勘違いをさせてしまい怒らせてしまったようだ。俺は首を横に振り、そうではないことを伝えた。
「いやいや、そうじゃねぇって。俺なんかで良いのかって話だ」
「はぁ、真は自分の力を過小評価し過ぎだよ。言ったよね? 僕は君の刀を抜く所作すら見ることが出来なかったんだ。それほどまでに洗練されている動きだったということさ。達人でも一定の所作には無駄がある。それがないということがどれだけ凄いことなのか……君は理解しているのかい?!」
「お、おう」
楓は俺の事を褒めてくれるように力説してくれる。だが、刀を扱う達人ができないってそれは無いだろと思ってしまう。
あの爺さんだったら余裕で出来るはずだ。それに、俺はそんな速さで刀を抜いているつもりは全く持って無いんだよな。
「褒めてくれるのは楓だけだ。ありがとうな」
「はぁ、全然分かってないよね? まぁ、いいけど……それで、パーティーの件はどうなのさ」
「う~ん、取り敢えずは保留でいいか?」
「えぇ~」
やはり不満そうだ。そんな即決するほど簡単な話ではないだろうに。
パーティーは、命を預ける仲間のことだ。そうそう、簡単に決めていい話ではない。楓が強いスキルを持っていることはわかるのだが、肝心の俺がなぁ。
評価してくれるのは有り難いのだが、俺の【夢想】は寝るだけのスキルだ。爺さんに会えたのも偶然で、運が良かっただけだ。
爺さんの言っていた器というのもわからないし……智夏さんに聞いてみるか? 武器に関してはその専門家に聞くのが一番かもしれないしな。
「よし、腹ごしらえも終わったことだし店に行くか」
「あ! 話を誤魔化さないでよね? ちゃんと考えてよ?」
「分かっている。しっかりと考えるさ」
そういうと満足したようで、先程の不満顔は綺麗さっぱり消えていた。
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