3:魔物との戦闘訓練 試験(2)


コボルトが初級迷宮の中で厄介とされるのはその知能にある。

魔物の中には知能に優れている種類がいる。それらの多くは中級以上の迷宮で出現することが分かっている。コボルトは知能を持つ魔物の中で初級迷宮に出現する唯一の魔物であった。


「さぁ! 誰から戦う?」


ゴリマッチョはそういうが、誰も手を上げようとしない。

皆が皆の顔色を伺い、誰かが手を挙げるのを待っているようだった。

俺が手を挙げようとした時、一人の少年が手を挙げる。


「僕がやるよ」

「お? 坊主……得物は何かあるか?」

「これ」

「杖…いや、細剣か。危なくなったら言うんだぞ」

「わかった」


俺よりも背の小さい少年が指揮棒のように細い棒を持ちながら前へと進む。

コボルトの入っている檻が開けられ、一体のコボルトが檻から出る。


「グルルゥ……」


コボルトの特徴として最初から武器を持っている。それは、短剣であったり、長剣であったり刀であったりと様々な武器種がある。

今回のコボルトが持っているのは短剣だ。逆手に持ち、コボルトは少年に向かって走り出す。


「大丈夫、痛くないように一瞬で終わらすからね。風の音 風鈴 」


チリン……。


少年が棒を振ると妙な音が鳴り、それと同時にコボルトの首がボトッと落ちる。

コボルトの死体はそのまま青い粒子に変わり、消えてしまい、その場には小さな魔石が残る。魔物は死体が残らない、これは全ての魔物に共通して言えることだ。


「終わったけど、これで合格でいいの?」

「あ、あぁ、合格だ!」

「ふぅ~、緊張したぁ」


少年はおどおどしながらこちらに戻ってくる。生徒の中には彼を恐れているような目で見ている者もいた。無理もない、何が起きたのか全員がわからなかったのだ。

ただ分かっているのは、風鈴が風に揺らているような音が聞こえ、コボルトの首が落ちたということだ。


「では、次の者!」

「じゃあ、俺がやる」


俺が手を挙げると少年の時とは違い、俺を馬鹿にするような笑い声が聞こえる。


『ねぇ、あれってさ……』

『例の最弱だろ? スライムにすら勝てないって噂だぜ?』


否定するつもりはない。実際に3年前の俺ではスライムすら倒せなかった。

だが、今は違う。それを証明するためにここにいるんだからな。


「む?…おぉ、君か」

「俺を知っているのか?」


ゴリマッチョは俺を見るとそう言った。

可笑しいな。俺にはこんな筋肉マッチョな友人はいないはずなんだがな。


「知っているとも。筆記試験を歴代最速で合格したのは君だろう?」

「あぁ、確かにそんな事も言われたっけ」

「だが、スキルに恵まれず、実技は絶望的だと言われている。……しかし、今の君を見て思う。所詮は噂なのだとな。頑張りたまえ」


ゴリマッチョは俺を見てそう言った。俺は少しだけ意外に感じた。

もっと馬鹿にされると思っていたが、眼の前のゴリマッチョは俺が戦える事を理解していた。


「得物は持っているな?」

「あぁ、これだ」


俺は刀袋から智夏さんに貰った刀を出す。

刀を見せるとゴリマッチョは少しだけ関心したような声をだした。


「日本刀か。刀剣術のスキルでも得たのか?」

「知らないですよ。再鑑定なんてしてませんし……」

「そうか。危なくなれば、声をかけるのだぞ?」

「わかりました」


俺の後ろで陰口が聞こえてくる。


『カッコつけてるだけだろ』

『どうせ使えないでしょ。だって、スキルが弱いんだからさ』

『雑魚のくせに出しゃばるなよ』


はは、お前たちのような奴がいると安心するよ。お前たちのような奴らを黙らせるために俺は夢の中で3年間も地獄を見てきたんだからな。


俺は刀を持ち、前へと出る。妙に周りが静かで、自分の心臓の音が耳に残る。

一体のコボルトが檻から飛び出してきた。そのコボルトは先程のコボルトとは色が違っていた。茶色の毛並みではなく、銀色に近い灰色の毛並みをしたコボルトだった。

そして、そのコボルトには大鎌が握られていた。


「グルルゥ……ルゥガァア!」


俺は鞘を左手で支えながらコボルトの方に歩く。

するとコボルトは俺の頭上に飛び、鎌を思いっきり振り下ろす。


「爺さんがいたら遅いって言われそうだ」


俺が刀を抜いてから鞘に戻すと、コボルトの体は斜めにずれ落ちる。

自分が魔物を倒すことが出来たことよりも、俺は刀の切れ味に驚いていた。


すげぇな、今、力を何も入れていなかった。刀を引くように斬ったらいつの間にかコボルトの体が裂けていた。こりゃあ、智夏さんに感謝しないとな。……つか、これで才能がないなんて言ってたら世の鍛冶師が泣くだろ。


「よし、終わりってことでいいですよね?」

「あぁ、合格だ。おめでとう」

「ありがとうございます」


俺が戻ると生徒は唖然とし、暗い顔をしていた。

馬鹿にしていた奴が軽々とコボルトを倒し、試験に合格したのだ。これでもし、自分が試験に落ちたら? それは、馬鹿にしていたあいつよりも自分が劣っている事を意味するとでも思っているのだろうな。能力に固執する奴は皆、そういう思考回路だ。


「ねぇ、君!」

「うん?」

「さっきの攻撃ってどうやったの? 僕、全く見えなかったよ!」


俺に話しかけて来たのは、俺の前に試験に合格した少年だった。

少年はキラキラした目で俺を見て、そう聞いてきた。


うわぁ、眩しい眼差しは止めてくれないかな。俺、そういうのには慣れてないんだよ。長年、蔑まれたような目でしか見られてこなかったからなぁ。


「えっと、君は」

「あ、ごめんなさい。僕、藤田 楓って言います。楓って呼んで?」


中性的であどけない容姿に少年とは思えない高い声とあざとさ。

これは、勘違いする奴を大量生産しそうだな。周りを見ると、楓をチラチラと見ている男子が複数名いる。


「……楓、よく女と間違われないか?」

「えッ? な、なんで?」

「いや、なんとなくそんな気がしただけだ。俺は真だ。急に変な事を言って悪いな」

「べ、別に良いけど。真だね? 真のあの攻撃はどうやったの?」

「どうって……別に刀を抜いて飛び込んできたコボルトに刃を当てて刃を引いただけだぞ。お前のような特別な事はしてない」

「へぇ~!」


なんだろう。凄い尊敬の眼差しで見られているような気がする。自意識過剰だと思いたいのだが……。


「凄い! あんな一瞬で刀を抜くのもそうだし、無駄な動きが一切ないのもカッコいいよね」

「……」


これ、自意識過剰で片付ける事はできるか?

褒められることに慣れていないから、どう接すればわからない。見た感じ、年下だろうし、無視するのも可哀想だよなぁ。


「そうだ。楓のあれ、あれはどうやってんだよ」

「僕の?」

「そうだ。細い棒でコボルトを倒してただろ?」

「あぁ、あれは音を風に乗せただけだよ。僕のスキルなんだ」

「なるほどな。よし、じゃあな」


俺が話を切り上げて訓練場から去ろうとすると楓も付いて来る。通路を歩き、俺の足音とは別の小さな足音が続く。後ろを見ると楓がニコニコしながら付いてきていた。


「……おい」

「ん?」

「なんで付いてくるんだよ」

「僕、一目惚れだったんだ」

「え?」


そう言うと楓は俺の手を握る。

楓の頬は赤みがかっており、目はトロンとしていた。


「おい…何を」

「初めてだったんだ。あんな美しいものをみたのは……僕、もう抑えられないよ」

「か、楓?」

「ねぇ、見せてくれないか? 君の……」


ゴクッ…。


「その日本刀」

「……へ?」

「その刀袋に入っているあの綺麗な刀だよ! あれを打ったのは誰なんだい? 是非とも僕もコレクションとして打ってもらいたいんだ。あの鞘に施された意匠も素晴らしいものだった。遠目だったから、細かくは見ることはできないが、あの白い波にも濃淡があり、黒も艶が出ていて素晴らしい。白く輝く刀身を包み込むような包容力を感じれるものだった。僕はあの鞘だけでもう胸が苦しくて……君の刀を抜く速度があまりにも速すぎて刀身を一瞬しか見ることが出来なかったのがいけないんだよ? 僕だって本当はもっと冷静なんだ。でも、あんなものを見せられたら、誰だって駄目になってしまうよ。ねぇ?責任を取って見せてくれるよね? 速く見せて? ねぇ、速く見せてよ」

「は、はい」


あまりの気迫に押され、刀袋から刀を取り出して楓に渡す。

刀を受け取ると楓は鞘を舐め回すように見てから、ゆっくりと刀身を抜く。


「ひゃっほーい! これがあの刀の刀身……なんて美人なんだ。出来ることならこれで僕の事を切って欲しいくらいだよ」


美少年である楓は変態だった。ただの刀好きなら良かったが、それに加えてドMのようだ。救いようがないのかもしれない。


「いや、死ぬだろ」

「今のは比喩さ! それほどまでに素晴らしいものなんだ。ぐへへへ~」

「おい、涎をつけるなよ?」

「君ぃ、こんな美人をどこで誑かしたんだい?」

「言い方が悪すぎだろ」

「いや、だってこの刀は君しっかりお熱なようだよ?」


刀がお熱って……刀に感情があるような言い方をするな。

俺が不思議に思っていると楓は、俺に意図が伝わっていない事を理解したのか説明してくれる。


「真、君は物に感情が無いと思い込んでいるね?」

「いや、実際に無いだろ」

「まぁ、多くの物にはないだろうね。でも、一部の物達は違うんだよ。特別な思いで作られた物には、意志が宿る事があると僕は思ってる。そして、その意志に認められることで武器や防具なんかは担い手に答えてくれるんだよ」

「なるほど」


眉唾のような話だが、それと同時にいい話だとも思った。実際にそうであれば、楓曰く俺は刀に認められているようだしな。


「それで、一つお願いがあるんだけど」

「この刀の鍛冶師だろ? 紹介してやるよ。東京駅の側にある迷宮街の店なんだが、なかなか人通りのない場所に店を構えてるし、俺が連れて行こう」

「やったー! 今日はもう予定ない?」

「俺はあと一つ、試験を受けるつもりだ」

「へぇ、何の試験を受けるの?」

「武器術の試験だな。楓はもう受けたのか?」

「まだ受けてなかったんだね。僕はもう受けて合格してるんだ」

「なるほどな。まぁ、あの実力なら妥当だろう」


卒業に必要である試験には、選択制のものがある。それが今回俺が受ける剣術の試験だった。俺達は斧術、槍術、弓術、剣術などの武器種を選択して、テストの担当者と戦い認められる必要がある。


俺の武器は刀になるから、刀剣術……剣術の類になるだろうな。

楓と少し雑談をしてから、次のテストを受ける場所に向かう。次は鍛錬所と呼ばれる主に自主トレで使う施設に向かった。

楓は今も俺の横にいる。付いてこなくて良いと言ったのだが……。


「え、行くよ? なんで駄目なの? どうせ暇なんだし、それにこの後に例のお店に案内してもらうし、一緒に居たほうが都合がいいよ」


あれ、俺、案内するの今日だなんて一言も言ってない気がするんだけどな。

その事を言おうとしたが、楽しそうにお店の事を考えているのを見ると言う気が失せてしまった。


「俺ってもしかしてチョロいのか?」


そんな事を考えているうちに施設に着く。中では様々な生徒が各々のトレーニングをしていた。俺は施設の中でも一番に広い部屋へと歩く。

部屋に入ると女性が巨漢の上に座り、鞭で巨漢を引っ叩いている強烈な光景が目に入る。


「ほらっ! さっさと立て! そんな事で私から合格が出るとでも思っているのか? 随分と私の事をひ弱、貧弱そう、婚期を逃しそう、男から逃げられそうなどと言えたもんだな?!」

「いや、殆ど俺等は言って」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!」

「ひぃい!」


……来る場所を間違えたかもしれん。


俺と楓はその光景を見てそう思わずには居られなかった。

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