2:魔物との戦闘訓練 試験(1)


現在、俺が通っている養成所には卒業試練というものがある。

それは、初級迷宮の単独調査を完遂することだ。それができて初めて養成所を卒業する資格を得ることができる。

養成所に通える機関には限りがある。それが4年であった。新しい人材を育成するには、時間が必要だ。才能がなく、何時までも養成所通いである者に時間を費やすのを避けるべきだと考えた結果だそうだ。

つまり、俺は今年で4年目であり卒業のデットラインギリギリの崖っぷちということである。


筆記科目などは既に合格しているのだが、技能がからっきし駄目なため、俺は卒業試練を受ける資格すら持っていない。


「よし! 先ずは卒業しないとな」


俺は朝に必要な科目を確認してから、朝ご飯を食べて養成所に向かう。

鞄のポケットには木刀の一欠片を入れる。

なんとなく、爺さんが守ってくれそうだ。お守りのような気持ちで入れている。


養成所に向かう前に迷宮街と呼ばれる、迷宮に入る人向けに武器や防具、その他の雑貨などを売っている店へと足を運ぶ。その理由は長い間お世話になった木刀が壊れたからというのともう一つあった。


「あの木刀は異常に安かったんだよな。……500円で買えて丈夫だった。それに、俺が爺さんと出会ったのは木刀を手にしてからだ」


爺さんは器だと言っていた。記憶の器……つまり、あの木刀が爺さんの記憶の器だった可能性がある。俺が店の中で武器を見ていると、店番を暇そうにしているお姉さんが俺に声をかけてくる。


「あれ? 前にあのガラクタを買ってくれた坊やじゃないか」


まだ春だと言うのにシャツ一枚というのは寒くないのだろうか? それと目のやり場に困るなぁ。……その俺も男だし、ね?


なんとかソレに目が向かないように俺はお姉さんの言うガラクタについて聞く。


「ガラクタ? あの木刀のことですか?」

「そう、そう! あの古びた木刀だよ。売れなくて困っててねぇ、なんせ何の特殊な力もない迷宮産の武器で、普通の市場には出せなくて売り手がいなかったんだよね」

「迷宮産の武器だったんですかッ!?」


なんと、どこぞの道場で使われているような木刀ではなく迷宮産の武器だったらしい。迷宮産とは迷宮の中でのみ手に入れることができる特殊な能力を持つ道具たちのことである。


普通なら迷宮産の武器なんて百万円があっても買えないはずだぞ? というか異常に頑丈だったのはそのせいか。


「よかったんですか? 俺、500円で買ってしまいましたが」

「いいんだよ、何の能力も付与されていなかったし。ただの木刀と変わらない代物だった。いや、一般の市場に出せない分、それよりもたちが悪いね」

「そうだったんですか……」

「坊や、その木刀はどうしたんだい? やっぱり、他の強い武器に買い替えたくて来たのかい?」

「あ、そうじゃなくてですね。えっと、その……壊してしまいまして、別の得物を買いたくて来ました」


俺がそういうとお姉さんは驚いた表情をした。

やはり、武器屋なだけあって道具を壊した人に対しては厳しかったりするのだろう。

前も職人の人が使い手に怒り、二度とその人に物を売らなくなったという記事があった。


「迷宮産の武器を壊したって? 相当に頑丈な代物だったはずだがね~?」

「はい、すいません」

「どうして謝るんだい? 別に構いやしないよ、壊れたなら別のを買うなんて当たり前のことじゃないか」

「でも、壊したのは事実ですし」

「そりゃあ、人の手で作られた武器や防具を壊したら、職人は怒る。だけど、あの木刀は迷宮で手に入れたもので、誰が作ったものでもない。私は物が売れて嬉しい、坊やは新しい武器が買えて嬉しい、win-winの関係じゃないか。だけど、坊やは優しいね、創り手の事を考えてくれるんだね。……少しだけ待ってな」


お姉さんは、そう言って店の奥に消えてしまう。そして、戻ってくるとその手には一振りの刀があった。

黒い鞘には白い波線のような意匠が施されており、俺が持っていた木刀ではなくこれはしっかりとした刀だった。


「持ってみな」

「良いんですか!?」

「そのために持ってきたんだ」


俺は恐る恐る刀を手にする。すると以前から使っていたかのように手に馴染むのが分かった。その場で構え、目を閉じる。すると目の前には同じく刀を構えている爺さんの姿が瞼の裏に浮かんだ。


鞘から刀を抜き、もう一度目をつむり構える。すると俺は鳥肌が立つ。

この刀に込められた暴力的なまでの熱が手から伝わるようだった。


「どうだい?」

「この刀は凄いですよ。手に馴染むんです、今までずっと振っていたかのようにピタッと手に吸い付くような感覚がするんですよ……これも迷宮産なんですか?」

「あたしの作品さ」

「えッ!?」


お姉さんは恥ずかしそうに頬をかきながらそういった。


「凄い鍛冶師の人だったんですか?」

「そうでもないさ。私は落ちこぼれだよ、才能がなかったのさ」


視線を下に向けて言う。俺は直ぐにそれを否定した。


「そんなことないです」

「え?」


こんな刀を作ることができて才能がないなんてあり得ないだろ。俺みたいな素人が見てもこの刀が凄い事がわかる。施された意匠も刀の厳かな部分を大切にしていることがわかる。


「これ……幾らですか?」

「正気かい? プロでもないアマチュアの作品を買うなんて」

「俺はこの刀が良いんです。これなら、俺は命を預けることができます」


武器に命を預ける。夢の中で爺さんに言われた言葉だ。

俺は夢の中で何度も爺さんに木刀をへし折られた。その度に命を武器に預けろと言われていた。武器を信頼して扱えと。逆に信頼できない武器は持つなとも。

俺は、この刀なら預ける事ができると手に持って確信した。


「はは、坊や……お姉さんを口説くのはまだ早いよ」

「えッ!? え、いや、そんなつもりは……えっと、その、それくらいこの刀が良いってことで」

「はっはっは、冗談だよ。坊やは面白いねぇ~」


俺が慌てて訂正しようと言葉を選びながら辿々しく説明しているとお姉さんは笑う。

悪戯が成功したような笑みを浮かべており、俺は、そこで初めて誂われているのがわかり、恥ずかしくなる。


「でも、そこまで言われて嬉しくない鍛冶師はいないよ。ありがとうね、坊や」

「俺、小野田 真です」

「真くんね、私は智夏だよ。その刀は持っていきな、定期的にその刀のメンテナンスもして上げるさ」

「え、良いんですか?」

「勿論だよ。こんなアマチュアの鍛冶師の手で良いなら幾らでも貸すさ」


俺は刀を入れる刀袋をその場で買って、店を出る。お姉さんはお金を受け取るつもりは無かったそうだが、せめて袋の分だけでもお金を出させてほしいと俺から言った。


「こんな刀を貰うだけでもやり過ぎなのに、袋まで貰ったら罰があたるだろ」


俺は養成所につく。まぁ、学校のような場所で生徒の数も多いのがうちの特徴だ。

俺みたいな10代もいれば、20代、30代の大人もいるため大学のような場所というのがしっくりくる。


俺は受付で今日中に受けることができる必要な技能テストを確認する。

今日は丁度、魔物の討伐テストがあるようだった。それと、基本技能のテストもあるそうでそっちも予約する。


普通はテストを受けるのではなく、授業の予約をしてからテストを受けるのが定石なのだが……生憎とそんな時間は残されていない。


「これ、お願いします」

「ふふ、わかりました。それでは、魔物の討伐テストは1限より行われますので会場へ向かってください」


受付の人に笑われてしまった。恐らく、俺がいきなりテストの予約をしたからだろう。だが、俺には以前とは違い、自信があった。

俺は会場がどこかを確認する。

養成所は広く、その敷地の中には様々な施設が建てられている。その中には、魔物と戦う訓練を行う場所もあり、今回のテストはそこで行われるようだ。


向かって歩くこと5分、訓練所に到着する。

そこには既に数十名もの生徒が屯していた。俺が着くとなぜか異様にジロジロと見られる。クスクスと嘲笑うような視線は、慣れようにも慣れないものがあった。


「おはよう諸君!」


そんな訓練所にゴリラ……ではなくタンクトップ姿のゴリマッチョがやってきた。

肩幅が広く、ひと目見て強そうだとわかる。


「今回行うのは魔物との戦闘だ。皆、得物は持っておるな? まぁ、俺はこれで充分だから心配しなくていいぞ」


いや、誰もあんたの心配なんかしてないだろ。


「もし、魔物に殺されそうになっても私が責任を持って対処するので安心するといい。諸君は全力で魔物と戦いたまえ! そして、今日の戦闘で君たちが戦うのはこの魔物だ」


訓練所の奥から檻に入れられているのはコボルトと呼ばれる犬の頭を持った魔物だった。初級の魔物の中ではかなり手強い部類に入る魔物であるため、何名かの生徒は困惑したような顔をしていた。

話によれば、このテストで相手するのはスライムやゴブリンなどの初級の中で1階層に出てくる魔物だということだったのだが……いきなりコボルトを相手にするのか。


「せ、先生! どうしてコボルトなのでしょうか?」


手を上げた女性がゴリマッチョに向かって質問する。すると、ゴリマッチョは指を鳴らし、女性の方を指差す。


「うむ、いい質問だ。カガリ―」

「私は加賀です」

「カガリー、君はこんな話を知っているかね? 近年では迷宮に出現する魔物の質に変化が起きている。1階層に出現する魔物が強くなっているのだ。そして、その傾向は新しく出現した迷宮で顕著に現れている。そのため、我々も質を上げるべきだという話がでた。そのため、こうした試験の中で強敵と戦う訓練をするようにしたのだ」

「そ、そんな」


加賀という女性は、落ち込むように膝を着く

合格できないことがそれほどにショックなのだろう。だが、この養成所の試験は難しい事で有名だ。合格できなくても、それほど落ち込む必要はない。


「安心しため、善戦した者は合格にするようにと言われておる。まぁ、倒してしまっても構わないがな」


豪快に笑いながらゴリマッチョはそう言う。

そんな適当で良いのかよ、一応は国立の養成所だろ? 


俺は呆れながらも試験について説明するゴリマッチョの話を聞く。だが、生徒の皆はそんな話よりもゴリマッチョの後ろでこちらを見ているコボルトたちに意識は向かっていた。


そして、いよいよ魔物との戦闘が始まる。

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