第16話 居場所ができました

「……っ」


 そう囁くと、マリエッタは大きく目を見開いて、頬を真っ赤に染め上げた。まるで熱に浮かされたような表情だ。

 震える彼女の手から、ナイフがカランと虚しく地に落ちる。


「私如きが、レーナ様へ盾突いて申し訳ございませんでした……っ」


 マリエッタがうな垂れる。どうやら完全に戦意喪失したみたいだ。

 騒ぎを聞きつけてきた近衛兵たちが廊下へと駆け込んでくる。……一足遅かったね? 


 立ち上がるとティエルが剣を収めながらこちらへ寄って来た。


「レーナ、怪我はない?」


「うん、ティエルこそ大丈夫?」


「問題ない。……さて、この者達の処遇は任せて欲しい。君のお陰でまたこの国は救われたな。ありがとう、レーナ」


 窓から射す陽の光が、ティエルの赤い瞳に差し込んでいく。

 その美しさに私は目を奪われた。


 ティエルは、私をただ『守られるだけの存在』だとは思っていない。私の強さを認めてくれて、共に戦ってくれる。当たり前のように私と言う人間を心から信じてくれている。


 ――そんなところが、好きなんだよなぁ。


 と思い、私は頬が熱くなった。い、いや。そんなわけない。何を考えているんだ私は!? ティエルのことは仲間として好きなだけ、そうに違いない。


 一人で内心慌てふためいていると、ティエルがこちらへ手を差し伸べた。


「じゃあ行こうか、レーナ」


「う、うん」


 私は迷わずに彼の手を取った。触れるとひんやり冷たく、思わずドキリとしてしまう。ティエルに手を引かれつつ歩いていると、やがて目の前に大扉が現れた。するとティエルが静かな声で言った。


「……君に渡したいものがある。貰ってくれるかな」


「え?」


 ――渡したいもの?


 一体何だろう、と目を瞬かせているとティエルが扉を開いた。


「あれ、ここ見覚えがある」


 見つめた先には広い空間があった。柱や壁、すべてが磨き上げられた大理石で出来ている。奥には玉座が置かれていて、そのほかには何もなく殺風景だ。ティエルに誘われ私は中へと足を踏み入れる。


「……この大広間は、君が初めてこの世界に召喚された場所だ」


 ティエルの声がやけに空間へ響いた。


「うわぁ懐かしいなぁ。あの時は右も左も分からないのに、いきなり前の王様に『魔王を倒せ!』なんて命令されたんだよね」


「……大変な苦労だっただろう。かつての君に、優しい言葉をかけてあげらなかったことをずっと後悔してる」


「いやいや、ティエルも被害者なんだから仕様がないよ」


 王様の都合で、突如として即席パーティーを組まされた私たち。今となればかけがえのない仲間だ。明るく笑って見せると、暗い顔をしていたティエルが少しだけ微笑んでくれた。


「レーナがそうやって優しいから、俺は君に狂ってしまった。さしずめ俺は、君と言う蜘蛛にからめとられた醜い蝶という所か」


 そう言うとティエルは、帯刀していた剣をするりと抜いた。びっくりして身を固めているとティエルが静かに剣を降ろす。


 な、なに!? まさかここでティエルに殺されるなんてこと、ないよね……!?


 まさかすぎる展開を想像し冷や汗を垂らしていると、ティエルがすぅ、と息を吸った。


「聖女レーナ・コーエン、こちらへ跪け」


「ふ、ふぁい!?」


 動揺しすぎて変な声が出る。怖かったが、ティエルの有無を言わさない気迫に呑まれ彼の前へ跪いてしまう。するとティエルは何を思ったか、トン、と持っていた剣で私の肩を叩いた。


 ――これって。


「汝の力により、アズノール国の脅威である魔王は打ち滅ぼされた。そして再び芽生えようとしていた悪の芽も、見事摘み取って見せた。……この功績を称え、汝レーナ・コーエンに『騎士ナイト』の称号を与える。これより汝はこの国の同胞はらから。この地に住み、この地に骨を埋めることを許そう。――余、ティエル・レ・アズノールの名のもとに」


 肩に乗っていた剣が外され、私は顔を上げた。


 ――これはまさしく勲章授与式アコレードだ。


 ふと何か温かいものが頬を伝っていく。ティエルが困ったように笑いかがんで、私の頬に触れた。


 触れられて初めて、私は自分が泣いていることに気が付いた。


「泣かすつもりじゃなかったんだけれど」


「ごめ、なさい。嬉しくて」


 ずっと居場所が欲しかった。元の世界での孤独が長かったから、よりいっそう願った。


 この温かい世界で生きていきたいと。


 しかし私はしょせん余所者である。けれどティエルは『功績』という形で、この世界での私の居場所を作ってくれたのだ。この『贈り物』自体も嬉しいけれど、何より私のことを思ってくれたティエルのはからいが嬉しい。


「この贈り物は、君の努力に対する正当な対価だ。だから胸を張って受け取って」


「……ありがとう、ティエル」


 泣きながら笑うと、ティエルが微笑んだ。またドクン、と胸が高鳴る。彼の赤い瞳に、真っ赤な顔の私が映った。それを見て改めて自覚する。もう一人の自分が耳元で悪戯にささやいた。『そろそろ認めたらどう?』と。


 ――うん、認めよう。


 私はとっくの昔に、ティエルに惹かれ始めていたんだって。



fin


――――――

ここまでお読みくださりありがとうございました!

作品フォローした下さった方や、いつも応援のハートをくださっていた方のお陰で完走できました。

もし長編化するなら、ティエルとエイゴンのヤンデレサンドウィッチをこれでもかというほど盛り込みたいです!


普段は小説家になろうに生息しており、カクヨムは初心者です。これからはカクヨムでも投稿していきたいと考えております。

完走のお祝いに★やフォローなどいただけましたら喜びます!ありがとうございました。

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魔王を倒したのに不当に現代へ追い返された聖女ですが、私のことを嫌いだと思っていた王子が無理やり連れ戻しにきました カゼノフウ @kazeno_fuu

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