第15話 聖女レーナ・コーエンの戦い方
「レーナ、くれぐれも無理はしないように」
「分かってる、ティエルもね」
シャラ、と音を立ててティエルが剣を抜いた。
刹那、先駆けの兵が私に剣を振り下ろす。だが私は半身を引き攻撃をかわした。剣の切っ先が当たるか当たらないかのギリギリの距離。髪の先が少しだけ切れる。
「『
杖を振り呪文を唱えると、光の矢が現れ兵士を刺した。
「ぐああっ……!」
すべて丁寧に、痛みをより感じやすいところに刺してあげる。すると兵士は強すぎる痛みにあっけなく気を失い、地に臥せた。そして、動かなくなった兵士の傷をすぐさま聖魔法で治癒する。しばらくは気絶したままだろう。
――これが、私の対人間においての戦い方だ。
いたずらに命を奪うことはしたくない。ゆえにどうにかして、無傷で人間を無力化できないか――と考えた結果、がこの戦法だった。旅の道中、よく遭遇する盗賊をこの方法で一網打尽にしてたなぁ。ちなみにエイゴンにこの戦い方を見せた時、『えげつない』と若干引かれたのは苦い思い出だ。
突然気を失った兵士を見て、周囲の兵士がうろたえる。
「何をしている! さっさとその女を殺せ!」
アーノルドが激昂し叫んだ。
気を取り直した兵が、今度は複数人で襲い掛かって来る。かわそうとするけどさすがに避けれない。
「レーナ!」
他の兵を相手にしているティエルが必死な声で私の名を呼んだ。
「
兵士が声に喜色を滲ませる。ずぶりと剣が私の肩に沈んでいった。誰もが私の死を確信しただろう。
――けれど、残念。
兵士の振り下ろした剣は、まるで水を切るようにするりと私の肉体をすりぬけた。
「……何っ!?」
「あなたじゃ私を殺せないよ」
戸惑う兵士に、再び光の矢を浴びせる。するとあっけなくその兵士もまた気を失った。
不敵に微笑んで見せると、一人の兵が剣を落とした。カランカラン、と乾いた音がその場に鳴り響く。
「ひ、ひぃいっ、聖女を斬ったから、女神がお怒りになったんだぁ……っ」
「一体何が起こっているんだ!?」
目の前の出来事を信じられない兵士たちが強い動揺を示し始める。ある者は天罰を恐れその場で頭を抱えだした。
かわいそうなので、私はネタバラシをしてあげることにした。
「彼は確かに私を斬ったよ。けれど肉を断たれたと同時に、自分を回復したの。痛みを感じないくらいのスピードでね」
そう言うと、辺りがしん、と一瞬静まり返った。やがて誰ともない呟きが沈黙が破る。
「し、正気じゃない」
「うん、私もそう思う。でも魔物に囲まれた時、いちいち攻撃を避けるのってめんどくさいじゃない? だったら攻撃を受けながら戦った方が早く倒せると思って」
このくらいしないと魔王なんて倒せないよ?
隣では順調にティエルが兵士たちを無力化している。私もさぼっていられないので、杖を構えた。
「う、うわああああっ!」
目の前で言葉を失っていた兵士たちが、錯乱したように叫びこちらへ襲い掛かって来る。私はまたその攻撃をすり抜けて、周囲に居るすべての者へ魔法をかけた。うめき声をあげた後、操り人形の糸が切れたように皆倒れていく。
そしてとうとう、この廊下に立っているのは4人だけになった。私とティエル、アーノルドとマリエッタである。30人ほどいた兵士すべてを失った彼らには、先ほど浮かべていた余裕の笑みはもうない。
「ば、馬鹿な……! たかが小娘のはずなのになぜ……!」
アーノルドの瞳に脅えが滲んでいる。
しかし私の心に『可哀想』だとかいう感情は全く浮かんでこない。アーノルドへゆっくりと歩み寄れば、彼はおぼつかない足取りで後ずさりをした。
「怖い? でも貴方が魔物の餌にした人たちはもっと怖かったと思うよ」
「ひっ」
「『
やじりをより細く尖らせる、細い方がもっと痛いから。アーノルドの頭上に何百もの光の矢を作り出し、容赦なく矢の雨を降らせた。彼が纏った鎧を光の矢が貫通し、次々に刺さっていった。
「ああああああっ!」
絶叫と共にアーノルドが気を失う。あとはいつもの通り、回復しておく。――彼には後で、相応の罰が下されるだろう。
ついに、残ったのはマリエッタ一人になった。
目が合うと、マリエッタはへなへなとその場に座り込んだ。私はそこらに落ちていたナイフを拾い上げる。
「あ、あ、お、お許しを、聖女様……」
命乞いを始めたマリエッタの前に跪く。そして彼女にナイフを握らせた。マリエッタがハッと顔を上げる。涙と汗で顔がぐちゃぐちゃになっている彼女に、私は優しく微笑みかけ指で涙を拭ってあげた。
「安全なところで眺めてるだけなんてずるいよ。本当に私をこの世から消したいなら、自分で確実に仕留めなきゃ。――ほら、心臓はここ」
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