第14話 リベンジ・マッチ

 この声には聞き覚えがある。――マリエッタ・ツイーズミュア公爵令嬢のものだ。振り向こうとすると、ティエルが素早く私を背に庇った。


「誰の許しを得てここに居る」


 恐ろしい程に冷たい声。マリエッタ嬢は気圧されたのかビクリと肩を揺らした。


「ゆ、許しなんて要りませんわ。……聖女、いえ偽聖女レーナ・コーエン! お前はこの国を堕落させる悪魔よ! 陛下、今一度お訪ね申し上げます。どうかその女を追放し、私を王妃とすることをお約束ください」


 胸に手をあてティエルに懇願するマリエッタ嬢。だがそんな彼女をティエルは鼻で笑い一蹴した。


「世迷言を。知っているぞマリエッタよ。王宮での贅沢三昧、人を人と思わぬ悪逆非道……。貴様のせいでどれだけのものが不幸になったと思う? 貴様こそ国を傾ける悪魔だ。俺は貴様を王妃に据える気はない」


「……っ。どうやら分かって頂けないようですね! 最後に慈悲をかけたあげたというのになんと愚かなの! もういいわ、ここでその女共々死になさい!」


 マリエッタ嬢の言葉を皮切りに、奥の廊下からぞろぞろと武装した兵士たちがなだれ込んできた。その先頭にいたフルアーマーの兵士がティエルの前へ一歩踏み出し、兜を脱ぐ。露になった、兜の下にある顔を見て、ティエルが眉を寄せた。


「アーノルド・ツイーズミュア公爵」 


「陛下。どうやら娘の説得も無駄だったようですな、残念です。貴方の存在はこの国のためにならない。正義のためお命を頂戴いたします」


 まるでティエルを悪だと断言するかのような言い草である。

 私は胃の底がムカムカとした。『この国のためにならない』ってなによ。ティエルは命がけでこの国を守ったのに。


 それに、私は以前よりツイーズミュア公爵家には不信感を持っていた。


 ツイーズミュア公爵家は私兵を沢山抱えているのに、一度も魔王討伐のため出兵ことがなかったのだ。私たちが苦労しているとき、少しでも手を貸してくれていれば、あるいは考える余地があったのかもしれないけれど……。アーノルド閣下の言い分には納得できない。


「――ハ。ついに本性を現したなアーノルド。貴様がかつて魔王へ国を売ろうとしていたことは承知だ。俺たちが魔物と戦っている間、民を魔物の餌にしていたこともな。魔王が倒され目論見が失敗に終わり、今度は俺を消そうという魂胆だろう。ちょうどいい、ここで手ずから粛清してやる」


 え、ええええっ。

 このおじさん、そんなことをしていたの……!? 


「本当なの、ティエル?」


「ああ、証拠も掴んでいる」


「っ、許せない……!」


 思わず考えが口から零れる。この世界の人たちに私はとても良くしてもらった。そんな彼らを魔物の餌にしていたなんて、絶対に許しては置けない。私はティエルの背から歩み出て、アーノルドを睨みつけた。するとアーノルドは卑下た笑みを浮かべ私を見下してくる。


「おやおや偽聖女殿。私が快適な部屋でワインを嗜んでいる間、魔王を倒してくださりご苦労様でございました。本当に余計なことをしてくれましたね。……ああ、せめて陛下の後ろに隠れていた方がいいですよ? 少しでも長く生きたいでしょう。さあ陛下、お覚悟を!」


 そう言うとアーノルドは勢いよく剣を引き抜いた。

 兵士たちも続いて抜刀する。すると私の背後にいるティエルが、押し殺したような笑い声をあげた。


「く、くく……。はあ、分かっていないなアーノルド。『快適な部屋でワインを嗜んでいた』から知らないのかな? レーナは魔王討伐隊の中でも最強。そんな彼女を怒らせて、無事で済むとは思うまいな?」


 ティエルの言葉にアーノルドが僅かに目を見開く。


「……は? 何を馬鹿なことを」


 アーノルドは全く信じていない様子である。そうだよね、見た感じただの小娘だし。でも筆頭魔術師手ずから鍛え上げられたバトルヒーラーをあまり舐めないでいただきたい。


 しかし最強は言いすぎかも? 多分ティエルやエイゴンと同じくらいの実力だと思うけど。まぁ杖さえあれば2、30人くらいに囲まれてもどうってことはないのは確かね。


 アーノルドは顔に薄笑いを張り付けている。勝利を確信している表情だ。


 なら分からせてあげようじゃない? 私が杖を出現させると、アーノルドが叫んだ。


「茶番は終わりだ……ものどもかかれ!」


 アーノルドを筆頭に兵士たちが剣を振り上げ斬りかかって来る。私はゆるりと口の端を上げた。

 

 ――さぁ、復讐リベンジの始まりよ。

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