第13話 君のためなら死ねる

「ここは魔塔の頂上ですから、降りるにはそうとう階段を降りなければいけません。なので転移魔法で王宮の門前へ飛ぼうと思いますが、いかがですか?」


「わかった、じゃあエイゴンにしがみ付いておくね」


「……はい、しっかりとお願いします」


 エイゴンが腕を広げたので、そこへ飛び込む。

 彼の服に染みついたハーブの香りがふわりと鼻をくすぐった。エイゴンへ抱き着き腕を回すと、彼もまた私を抱きしめ返す。


「レーナ……」


 頭上のエイゴンが優しく私の名を呼んだ。

 そしてぎゅううう、と音が鳴りそうなくらいに締め付けられる。彼は見た目は華奢なのに意外と力が強い。


「ちょ、折れる折れる! 苦しいよエイゴン」


「すみません、こうやって移動するのも久しぶりだったのでつい」


「確かに久しぶりだね。でも私がちゃんと捕まっておくから、エイゴンは魔法に集中して大丈夫だよ」


 エイゴンを見上げてそう言うと、彼は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「はい、気を付けます。では飛びますよ、3、2、1――」


 カウントダウンが始まり私はぎゅっと目を閉じた。転移魔法って体の中がかき回されている感じがしてちょっと苦手なんだよね。すると魔法が発動され、私とエイゴンは時空の狭間へと掻き消えた。


「――着きましたよレーナ。……おや?」


 その囁きに恐る恐る目を開くと、そこは王宮の大門の前だった。エイゴンは何かに驚いている様子である。エイゴンから身を離し、彼が見ている場所へ私も視線を向けると――そこにいたのは。


「ティ、ティエル!?」


 なんと門前で、馬に跨っているティエルだった。

 しかも沢山の武装した兵士たちを引き連れている。ティエル自身も帯刀しており、今から戦争へでも行くのだろうかというくらい物騒な雰囲気だ。


 私が彼の名を呼ぶと、ティエルは大きく目を見開いた。


「レーナっ、心配した……!」


 ティエルが泣きそうに顔を歪め、サッと馬上から地面へと降りた。するとエイゴンに肩を抱かれ引き寄せられう。え? と思い彼を見上げると、普段はニコニコしているエイゴンが鬼の形相を浮かべていた。――ど、どうしたの? 


 と目を丸くしていると、いつの間にか近くへやって来たティエルがエイゴンを睨み返した。


「レーナを保護してくれたことを感謝する、エイゴン。その手をどけてくれないか」


「久しぶりですねティエル。レーナがそちらへ行く事は決定事項というわけですか。僕が君との競争に負けたのは認めます。しかしレーナを監禁するとはどういう了見です?」


「……必要なことだった」


「僕には必要なことだとは思えないのですがね」


「ではレーナを再び女神に奪われるのを、指をくわえて見ていろとでも言うのか?」


「そうは言いません。ただ他にやりようがあると申し上げただけです」


 ティエルとエイゴンの間に見えない火花が散る。息が詰まるような剣呑な雰囲気にのまれて声が出せない。だれか助けてくれませんか……!


 私がそう祈っていると、エイゴンがため息を吐いた。肩から彼の手が外される。


「まったく頑固なんですから。レーナ、さようならです。また会いに来ても良いですか? 貴女にはまだ教えていない魔法がたくさんある」


「エイゴン……うん、もちろん。でもお手柔らかにね」


 笑いかけると、エイゴンも微笑み返してくれた。すると、くい、と腕の袖を引かれる。


「レーナ、行こう。……エイゴン、噛みついてすまなかった。貴方の言う通り他にもやりようがあるかもしれない。レーナには不自由させないと約束する」


 エイゴンがやれやれと肩をすくめて杖を振った。転移魔法が発動され、瞬きをする間にエイゴンはその場から居なくなってしまった。また会えるとはいえ、やはり寂しい。


「撤収だ、持ち場に戻ってよい」


 ティエルが命を下すと、兵士たちが一列に並び道を開けた。


「さぁ、帰ろうか」


 優しくティエルが私へ笑いかける。先ほどの鋭い雰囲気を纏っていた彼とはまるで別人のよう。


「……うん」


 私はひとつ返事を返し、王宮へと足を踏み入れたのだった。



 護衛もつけず二人で廊下を歩いていると、ふとティエルが立ち止まった。


「――エイゴンの匂いがする」


「え?」


 すると突然、ティエルがふわりと優しく私を抱きしめた。彼に抱きしめられて、私の胸はドキドキと早鐘を打つ。どうして、エイゴンに抱きしめられた時はこんなにドキドキしなかったのに。


「ずるいよレーナ。突然レーナが居なくなって、俺がどんな気持ちになったかわかる? 俺ばかりが恋に苦しんで……それとも返事を返さないのは、道化になってる俺を見て楽しむためかな。そんなに君をこちらへ連れてきた俺が憎い?」


「そ、そんなわけない」


 どんな発想よそれは。ちょっと待って、ティエルの中で私、かなり悪い女になってる?


「……君へ償うためならなんだってする。君が死ねと言うならそうしよう」


 抱きしめられたまま囁かれると、ゾクリと肌があわ立った。このままではまずい。ティエルの中の私が悪女となり切る前に誤解を解かねば。


「ティエル、貴方はずっと勘違いしているわ。私はこの世界へ連れてこられた事を恨んでなんかいない。むしろ、迎えに来てくれて嬉しかった。……ありがとう、ティエル」


「え」


 ハッと息を飲む音が聞こえて、ティエルから身を離される。驚きに目を丸くした顔のティエルが目に飛び込んできた。――なんだか、かわいい。


「俺……ずっと君に恨まれているとばかり……っ。ああ、レーナ!」


 今度はきつく抱きしめられた。私は心臓の音がティエルに聞こえてしまわないか焦ってしまう。


「好きだよ」


「っ」


 直球すぎませんか……っ。そして声が、声が良すぎる……っ。

 私のティエルの間に何とも言えない甘い空気が流れ出す。焦って動けないでいると、甘い空気を破るように、突然背後から甲高い叫び声がした。


「――聖女、レーナ・コーエン!」

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