第12話 偽聖女

「マリエッタ様、お耳に入れたいことがございます……」


 ツイーズミュア公爵家の私室。優雅に紅茶を嗜んていた私は、侍女から告げられた言葉に慄いた。


「聖女レーナ・コーエンがこの世界に戻って来たですってっ!?」


 信じられない内容に声が大きくなる。すると侍女はびくりと肩を揺らし私から目を逸らした。怯えた犬のような態度に、イライラがさらに募っていく。


「は、はい。間違いないようでございます」


 追い打ちをかけるように侍女が言葉を続ける。私はとうとう我慢できずに、机の上に置いてあった扇子を侍女に重いっきり投げつけた。


「うっ」


 侍女の額に当たった扇子が床に落ちる。すると侍女は蹲り、すごすごと扉の方へと這っていった。その情けない姿に幾らか胸がスッとするけれど、すぐにまた頭の中を怒りが染め上げていく。


「嘘よっ! 嘘嘘絶対に嘘! じゃなきゃ……」


 私はじっとしてられずソファから立ち上がった。爪を食み部屋をうろうろと彷徨う。どうすれば、どうすれば――。


「だからティエルは私の事を王宮から追い出したのね……っ。チッ、あの時聖女あのおんなの首を刎ねられていればこんなことにはならなかったのに! でも、本当にまずいわ。聖女がティエルに告げ口すれば、私の立場が危うくなる」


 ティエルの聖女に対する執着は相当なものだった。証拠はないとはいえ、聖女が彼へ泣きつけば私に牙を向けてくるかもしれない。ああ、なんて腹立たしいの。


 なんでこのタイミングで戻ってくるのよ。もう少しでこの国の王妃になれたかもしれないのに!

 本当に邪魔な女。どうにかしてこの世から消す方法はないかしら。考えを巡らせていると、突然コンコンと扉からノックが鳴った。先程出て行った侍女だろうか?


「うるさいわね! 今は取込み中よっ!」


 扉へ向かって叫ぶが返事はない。

 するとドアノブが捻られそのまま扉が開かれた。私は驚いて後ずさりする。そこにいたのは――。


「お、お父様」


 公爵家当主である私の父、アーノルド・ツイーズミュア公爵その人だった。サッと血の気が引き、唇が震えてしまう。お父様は眉間にしわを寄せて私を睨みつけてくる。


「マリエッタ、事情は聞かせてもらった。とんでもないことをしてくれたな」


「っ、お父様、誤解なのです」


「誤解も何もあるか! お前のせいで我が家は王家との繋がりを断たれてしまうかもしれないのだぞ! なぜ聖女に手を掛けようとした」


「それは……! あの女が異世界人の癖に、ティエル様の御心を奪ったから……っ」


「ハ、馬鹿馬鹿しい。それしきのことで聖女を殺めようとしたとはな……だが。そうだな、潮時かもしれん」


「え?」


 あの女を殺す前に、私がお父様に殺されるのでは。とぶるぶる震えていると、お父様がふいに怒気をおさめた。潮時って、まさか。


「ちょうどいい名目ができた。ティエル・レ・アズノールは不当に王座を奪い、偽の聖女を王妃に据えようとしている。そしてこの国を我がものし滅亡へ導かんとしているとな」


 私はお父様が言わんとしていることを理解し、息を飲んだ。


「――!」


「あの男の命を奪い、我がツイーズミュア公爵家がその首級をあげるのだ。さすれば正義の名のもとに、この国は我らのものとなる……!」


 お父様の瞳に昏い欲望の炎が宿るのを見た。

 

 そ、そうよ。お父様の言う通りだわ。私じゃなくあの偽聖女を選んだティエルが悪いのよ。

 私のものにならないなら、聖女ともども居なくなってしまえばいいわ。


 お父様が高らかに笑いだす。私もつられて口の端を上げた。


 待っていなさい、レーナ・コーエン。今度こそお前の息の根を止めてあげるわ。

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