第11話 放っておけないひと

「ど、どこからそんな情報を?」


 この世界に来てからまだ2日しか経っていないというのに、耳が早い。エイゴンがスラリと長い足を組んでみせる。そして恐ろしいくらいに美しく微笑んだ。


「ここは魔塔ですよ。この国の全ての情報がここに集まる。一応僕はここの主となっていますから、この国で起きたことは全て把握しています」


「なるほど、さすがはエイゴンね。貴方が味方で居てくれてよかったわ」


「ふふ、レーナに褒められると嬉しいです。で、どうなんですか?」


 どう、というのは私が『ティエルに監禁されているかどうか』ということだろう。


「監禁と言うと語弊があるというか……」


 私は自らに起こった一連の出来事をエイゴンへと説明することにした。マリエッタに脅されて元の世界へ追い返されたこと。こちらへ戻りたいと思っていたら、ティエルが迎えに来てくれたこと。そして、再び女神が私を転移させないよう、聖魔封じの部屋に閉じ込められていることを。


「そうだったんですね。いや、もしティエルが無理やり貴女を監禁していたとなれば……彼に灸をすえてあげようと思っていたのです」


「へぇー……」


 エイゴンは天使のように微笑んでいるが、背後には暗黒のオーラを纏っている。もし私が『ティエルに無理やり監禁されてるの! 助けて!』と言ってたらどうなっていたんだろう。筆頭魔術師のすえる灸なんて考えるだけで恐ろしい。


「しかしレーナ、貴女は本当に面白い人ですね。好きでもない男に監禁されて喜ぶなんて……相手が僕でも喜んでくれるのかな?」


 エイゴンが低く囁き、肌ゾワリとあわ立った。


「冗談はやめてください。……というか、そろそろ帰らないとティエルが心配するかも。突然部屋から居なくなってしまったわけだし」


「レーナ」


 そろそろお暇を――という雰囲気を出すと、突然エイゴンが真剣な表情でこちらへ向き直した。


「……正直僕は貴女にここに居てほしいんです。たとえレーナが望んでいたとしても、貴女を鳥かごに閉じ込める者の元へは返したくない。なぜ、ティエルが先に連れ戻してしまったんでしょうね。――レーナを連れ戻せたのが僕なら、どんなに良かったか」


 そう言うと、エイゴンは切なげに顔を歪ませて微笑んだ。

 私は思わず口をつぐむ。――まさか、この部屋に散らばっている資料って全部。


「私を連れ戻すために、魔法の研究してたの?」


「……ティエルに先を越されてしまいましたがね。筆頭魔術師が名折れです」


 ふっと自嘲するエイゴン。すると彼は椅子から立ち上がり、私の元へ跪いた。

 一体どうしたのだろうと目を瞬かせると、エイゴンが白魚のような手を私へ差し伸べた。


「レーナ、貴女に尋ねたい。僕とティエル、どちらの手を取るかを」


「えっ……」


 つ、つまり。この世界でどっちに保護されるかを決めろって事……?


 エイゴンは真に迫るって感じだし、これは真剣に考えた方がよさそう。 

 

 エイゴンの居る魔塔で過ごすのも悪くはないと思う。ティエルのしていることはやりすぎだし。けれどなんでだろう……。


 私がエイゴンのところへ行けばきっとティエルは悲しむ。――私は、ティエルに泣いて欲しくない。


 エイゴンは私が居なくても一人で生きていけそうだけど、ティエルはほっとけない危うさがある。だからなのだろうか、私の心はティエルへと引っ張られていた。


「ごめんなさいエイゴン。ティエルを一人にはしておけないから」


 きっぱりと告げるとエイゴンは眉を下げて俯いた。


「……そう、ですか。貴女はやはり生粋の聖女だったというわけですね……どんなに手を延ばそうとも決して届かない。貴女の愛は哀れな者にのみ捧げられると……」


 ええとなにを言っているのかな。


 これってティエルとエイゴン、どっちの所に身を置くかって話だよね?


「エイゴン?」


「……レーナの気持ちはわかりました。では今から王宮へ送りましょう。貴女の言う通り、部屋に居ない事がわかればティエルは大騒ぎするでしょうから」


 わざわざ送ってくれなくてもと思ったけれど、王宮へ身一つで向かっても門前払いが良い所でしょうね。ここは素直にエイゴンに甘えた方がよさそう。


「ありがとう」


「レーナのためなら何だってしますよ」


 エイゴンがゆるりと優雅に微笑む。……この世界の人たちって、私に甘すぎない?

 私は差し伸べられたエイゴンの手を取り、王宮へと向かうのだった。

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