第10話 旅の仲間、筆頭魔術師エイゴンとの再会

 次の日である。侍女のリーンによると、私は今日も外には出れないらしい。

 ティエルはどうやら本気で私をここに監禁するつもりのようだ。


「はぁ……仕方ない。こうなったら読書でもするか」


 閉じ込められて2日目だが、『暇』ということ以外、特に困っていることはない。


 それどころかお腹がすいたら超豪華なご飯が出てくるし、なんとデザートまでついてくる。


 ここなら朝早くから満員電車に揺られることもないし、会社で怒鳴られることもない。終電に揺られて、帰って寝るだけの生活を送らずに済むのは、不謹慎かもしれないがかなり嬉しい。


 ティエルは私を『無理やり連れてきた』と言っていたが、戻りたがっていたのは私だ。

 昨日は驚いてしまって言えなかったけれど、今夜会えたら伝えよう。


「読書なんていつぶりかな……」


 ページを捲っているうち、私はかつての旅のことを思い出す。

 突然、旅の仲間となった私たちだったけれど、案外楽しくやれていた。私と、ティエルと、そしてもう一人。


「そういえば、エイゴンって今は何をしているのかなぁ?」


 ――エイゴン・ヴェイン。魔王討伐隊の仲間であり、国お抱えの筆頭宮廷魔術師である。


 ティエルが無表情なのに対して、彼はいつもコロコロと表情が変わるひとだった。今の今まで忘れていたけれど、懐かしい。


「……また会えると良いな」


 と、彼の事を思い出していると、突然足元が光り出した。


「えっ、転移魔法!? ティエルはこの部屋では聖魔法は使えないって言っていたのに……!」


 まさか女神以外の力?


 驚いた拍子に本が手から滑り落ちる。そしてその本が床に落ちる前に、私は部屋から姿を消したのだった。


 

 ぽすん、と音が鳴る。

 光が消え失せ、やがて背中になにか温かいものが触れた。誰かに抱き留められている。


「――おや」


 男性にしては少し高いテノールボイス。聞き覚えのある甘やかな声がして、私は恐る恐る目を開いた。そして、顔の近さに息を呑む。


「我が麗しの聖女様。また足を滑らせて、天からこの俗世に落ちてきたのですか?」


 イタリア人もびっくりな口説き文句。

 ぽかんと口を開けていると、クスリとが微笑んだ。


「え、エイゴン……」


 私は息がかかりそうな距離にある、エイゴンの顔をまじまじと眺めた。

 ティエルも美しいが、彼もまたとんでもない美貌の持ち主である。


 トルマリンを彷彿とさせるライトブルーの瞳。それを縁取る青みがかった銀色の睫毛は、まばたきすれば風をおこしそうに長い。同じ色の長い髪は、おそよ腰辺りまで伸ばされていた。


 ティエルが粗野な美丈夫なら、彼――エイゴン・ヴェインは深窓の令息。彼の儚さはまるで、魔王にさらわれて、金色の鳥かごに幽閉されている姫君のようだ。


 しかし私は知っている。この繊細な見た目には想像もつかない彼の中身を。


 私は口の端をひきつらせる。すると愛想笑いにも関わらず、エイゴンはそれはもう嬉しそうに瞳を輝かせた。


「良かった。貴女が居なくてとても退屈してたんです。……また、たっくさん魔法を教えてあげましょうね?」


「ひええ」


 エイゴンの腕の中で私は身を縮こまらせた。


 ――そう、この男は私に魔法を教え込むことを至上の喜びとしている、狂魔法使いマッド・ウィザードなのである。


 私は聖女でただの回復役のはずだった。

 しかしエイゴンに魔法を教え込まれた結果、聖女のはずなのにあらゆる攻撃魔法を使えるというバトルヒーラーと化してしまったのである。


「貴女が僕の名を呼べば、こちらに転移する魔法をかけてたんです。びっくりしましたか?」


「なるほどそれで……。うん、びっくりしたよ」


 私が閉じ込められていた部屋は『聖魔法』を遮断するものだった。エイゴンが使う魔法は聖属性ではないから、転移魔法が発動したのだろう。


 それにしても彼の腕の中に居続けるのは気まずい。

 

「あの、降ろしてくれない?」


「相変わらずつれないお方だ」


 残念、と呟いてエイゴンが私をそっと床に立たせてくれる。

 辺りを見渡すと、正面に大きな窓が見えた。そこから陽の光が射しこんでいる。


 部屋はザ・魔法使いの研究室という雰囲気で、いくつものランプが宙に浮いていた。そして机や床に大量の本や羊皮紙が積み重なっている。


 ――なにかを研究していた?


 エイゴンの事だから、また新しい魔術でも生み出そうとしていたのかも。


 机には食べかけのスコーンにコーヒーカップ。壁にかけられたハーブの爽やかな香り――。ここは恐らく、エイゴンが主を務めている魔塔だろう。


「まぁとりあえずこちらに座ってください。貴女の好きなハーブティーを淹れてあげましょう」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 魔法を使えばいいのに、エイゴンはわざわざ手作業でお茶を用意してくれる。目の前にソーサーとカップをおかれ私はぺこりと頭を下げた。


「ありがとう、いただきます」


「どういたしまして」


 私が礼を言うと、エイゴンはいつも幸せそうな笑みを浮かべる。カップを持てばレモングラスの爽やかな香りがした。その香りにうっとりしていると、向かいの椅子へエイゴンが腰かけた。そのタイミングでカップに口を付けると、エイゴンがこちらへニコリと微笑んだ。


「それで、ティエルに監禁されてるって本当ですか?」


「ゴホッ!」


 危ない危ない。もう少しでハーブティーを吹き出すところだった。

 エイゴンは何食わぬ顔で私へハンカチを差し出してくる。それを受け取り、ふぅと息を吐いた。

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