第9話 鳥かごの中で

「そこまでハッキリ言われると傷つくな。俺はレーナに会いたくて会いたくてたまらなかったのに。……恋愛的な意味で、ね」

 

 あまりにハッキリ好意を告げられて頬が熱くなってしまう。


「ううっ。ご、ごめん」


「あやまらないでよ」


 ティエルがくすりと微笑んだ。彼の剣呑な雰囲気がふっと柔らかくなり私は息を吐く。


「ところで、なんで俺に会いたかったの?」


「えっと、実は私この世界で命を狙われてるかもしれなくて……」


「何?」


 事情が事情なだけにおそるおそる口にすれば、ティエルの纏う空気がピンと張り詰めた。先程とは比べ物にならないくらい冷たい空気。


「どういうこと? ちゃんと教えて」


 う。なんだか告げ口みたいで悪い気がするけれど、命を狙われたんだし、身を守るためには仕方ないか。と口を開く前にティエルが何かを察した表情でこう言った。


「まさか、マリエッタか」


 ……はい、そうです。なんとなく口にできずに、こくんとひとつだけ頷いて見せる。

 するとティエルが息を飲んだ。彼の瞳に怒りの炎がメラメラと宿っていく。


「殺す」


「ちょ、待って待って!」


 ティエルが立ち去ろうとしたので慌てて声をかけるが、彼は止まらない。ヤバイ、本当にやりかねないぞ! 声で止められなかったので、私は必死にティエルへしがみついた。するとピタリと彼の動きが止まった。


「証拠もないのに、いきなり乗り込んだら貴方が罪に問われるわよ!」


「……心配してくれてるの?」


「当り前でしょう!」


 怒る私に対して、ティエルはなぜか嬉しそうだ。普通、こんなことを打ち明けられたら「それって本当?」ってな感じで話し合いになるよね? どうして即「殺す」になるのよ。私の事を100%信じすぎなのでは!?


「ねぇ、レーナは、俺が罪にかけられて死んだら……悲しい?」


 は、はい? 藪から棒になにを言ってるの?


「悲しいに決まってるわよ。苦楽を共にした仲間だもの」


「……仲間、ね。でも嬉しいよ」


 ふふ、とティエルが美しく笑んだ。……なんだか良く分からないけれど思い留まってくれてよかった。


 というか、ティエルの私に対する好意が限界突破しすぎてない?


「レーナを守って死ぬなら本望だが、俺が死んだら君を守れる者が居なくなってしまうな。今直ぐマリエッタのもとへ向かい殺せないとなると、策を考えなければならないね。……ツイーズミュア公爵家はてごわい。俺も王位に就いたばかりだし、公に処刑できるかどうか……」


 顎に手を当て処刑するための策を練りだすティエル。なんとも物騒なのだが……。味方してくれているのは嬉しい。人に命を狙われているのだ、味方は居るに越したことはない。


「でも安心して、どんな手を使っても必ず君を守る。ごめんねレーナ。こんなことになってしまっても、君を手放せない俺を許してほしい」


 ティエルが眉を下げ、私の前へ跪いた。

 シュンとしている彼の姿はまるで大きな犬みたいで、おかしくなる。


「そうね、責任取ってもらわなくちゃね」


 冗談交じりに呟けば、ティエルがぱっと目を輝かせた。


「うん、責任を取るよ。君がこの世界で何不自由なく暮らせるようにする。そして、君にとって邪魔なもの全てを消し去るよ」


 いやそこまでは責任取らなくていいのですが。

 

「……愛してる、レーナ」


 改めて愛を囁かれると、本当に困ってしまう。

 ティエルがなぜこんなにも私を好きでいてくれてるか分からない。けれど、目の前で跪く彼のすべてが、私への愛を囁いていた。


 胸が苦しい。


 ――こんなに完璧なひとが、私を好きだなんて信じられない。


 だから私はティエルからそっと目を逸らした。


「ありがとう」


 私は怖かった。もし彼の愛を受け入れたら、自分が自分でなくなる気がしたのだ。


 ティエルの顔を見れずにいると、彼がぽつりと呟いた。


「ずるいよ。そうやって優しくするから俺は期待してしまう。……君を無理やり攫った俺が嫌いなくせに。いっそ、突き放してとどめを刺してくれればいいのに」


 ……えっと、別にティエルのこと嫌いではないのだけれど。

 

 と内心独り言ちていると、ティエルがとんでもないことを口走った。


「――余計に君をこの部屋から出すわけにはいかなくなったな」


「…………へ?」


 固まる私にティエルがうっとりと微笑む。


「また元の世界に帰られたら困るし。この部屋は聖魔封じの石で作られているから、女神も手は出せない。もちろんマリエッタもね。だからここに居てほしいんだ」


 聖魔封じの部屋多いなこの世界。


「い、言いたいことはわかるけど、部屋から出さないっていうのは大げさじゃない?   ここが王宮なら、せっかくだし色々建物を見て回りたいのだけれど。異世界の建物って日本とは違ってワクワクするし――」


 焦りでめちゃくちゃ早口になってしまう。すると突然跪いていたティエルが立ち上がり、すごい勢いで私をソファへと押し倒した。


「ふぇっ!?」


 思わずカエルがつぶれたような変な声が出てしまう。押し倒された私の目の前には破壊的な美貌のティエル。


 こんな状況で考えるべきことじゃないけど、い、イケメンすぎる……っ。


 見つめていると美しい赤の瞳が昏い光を帯びた気がした。


「レーナに何かをねだられるのは気分が良いね。君の望みなら全て叶えてあげたいけれど、部屋からは出してあげられない」


 そう言うティエルは口の端が上がっているが、目が全く笑っていない。


「な――なんで」


「さっきも言っただろう? 君を失えない。俺は君を愛してる」


「……っ」


 ティエルの重すぎる愛の告白に言葉に出せずにいると、急に彼の笑みが消えた。


「俺が憎いでしょう。突然わけのわからない世界に連れ戻されて、その上閉じ込められて……」


 ティエルの表情が泣きそうに歪む。その表情さえ美しくて見惚れていると、急に彼が立ち上がった。そしてそのまま私へ背を向けて扉の方へ歩いていく。


「おやすみ、レーナ」


 ティエルは振り向かなかった。扉が静かに閉められ、私はほっと肩の力を抜く。


 ――なんて返してあげればよかったのかな。


 自問自答を繰り返すが答えは出ない。目がさえて寝直すことも出来ず、私はただぼんやりと、窓から射し入る月光を眺めるのだった。

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