11─3:クラウス視点─再会

 ──五年後。




「白髪の……使者が、我が国に?」


 隣国に父上の代理で和平の申し入れをしに行った帰り、明朝、白髪の使者が魔国から我が国に訪れることを早馬で知った。


「従者殿が言っていた情報ですので間違いありません。殿下が度々白髪の少女の話をしていらっしゃったので、いち早くお耳に入れようかと思いまして」


「あ、ああ……そうだな。報告ありがとう」


 ──白髪の使者とは私の知るあの少女だろうか。

 ──いや、違いない。他に誰が居ると言うのだ。


 胸の辺りがざわざわして、何かが喉元までこみ上げてくる。

 思考停止する頭とは裏腹に、自らの足が意思を持つかのように城に向かおうとする。


「殿下」


 その場に立ち尽くす私に、ここまで護衛してくれた騎士隊長が声をかける。


「長年殿下にお仕えしておりますが、この五年、白髪の少女の話を聞かない日はありませんでした」

「殿下がお変わりになられたのも五年前です。その者との出会いが殿下を変えたのでしょう」

「失礼ながら、今向かわなくて宜しいのですか?今すぐにでも会いたいと思っていらっしゃるお嬢さんなのでしょう?」


「……っ!」

「だが、私は……!ここまで供をしてくれた皆を置いて先に帰るなど……!」


「殿下!野暮なこと言わないでくださいよ!」


 ここまで供をしてくれた騎士の一人が声を挙げた。

 それに同調するように他の者も口々に白髪の少女の話を持ち出す。


「そうです!皆、殿下の口から白髪の少女の話をよく聞いておりましたから」

「我らとしても、殿下を今のお姿に変えた白髪の少女に報いたい気持ちがあるのです。どうか遠慮などなさらず!」


 騎士達が声を揃えて未だ踏み止まっている私の背中を押してくる。


 ──私とて今すぐにでも会いたい。

 ──あの可憐な姿をもう一度、目に映したい。


 いつか見た白髪の少女の可憐な姿が脳裏を過った瞬間、プツンと理性が飛ぶ気配がした。


「皆!すまない、私は先に帰還する!」


「騎士隊長、世話をかけるが城までの道を同行してもらえないか!」

「待ってましたよ!お任せください」


 皆、私の気など分かり切っていたのか矢継ぎ早に声援を飛ばしてくる。


「殿下!披露宴には私達も呼んでくださいよ!」

「ばか!気が早いわ!ですが、殿下!我々は殿下の行く末をいつでも見守っております!」


「礼を言う!この借りは必ず!」



 騎士隊長と共に、馬を駆け王国への帰り道を急ぐのであった。




 ***




「はっ……はあ……」


 二日は掛かるところを一日で王国に辿り着くことが出来た。我ながら恐ろしい執念だ。

 足腰が悲鳴をあげている気もするが、感情が高ぶっているおかげで気に留めるまでもない。


「は……あ、白髪の使者は……今、何処にいる」


 馬を乗り捨てる形で城門に佇む近衛兵に白髪の使者の行方を尋ねた。


「で、殿下!?お帰りは明日の明朝のはずでは……」

「い、良いから……答えて、やれって!殿下の……病を治せるのは、その使者殿しかいないんだよ!」


 道中共に馬を駆け、同じくヨレヨレの騎士隊長が近衛兵に発破をかける。


「病!?それでお帰りが早かったのですね!侍医をお呼びしましょうか!?」


 伝わらないことがまどろっこしいとばかりに頭を掻きむしり、声を大にして近衛兵に詰め寄る。




「白髪の使者は何処だ!?」




「は、はい!!謁見の間で国王陛下に会っていらっしゃいます!!」


「騎士隊長!後のことは任せる!」


 視界の端で騎士隊長が手を振った気もしたが、構わず城までの道を駆け出した。




 ***




 今更髪が乱れることも厭わず、王宮内を駆ける。駆ける。


 呼吸があがる。心臓が張り裂けそうだ。自分はこんなに体力が無かったのかと情けなくなってくる。

 汗で衣服が肌にまとわりついてくる。足を止めることなく、煩わしいとばかりに乱暴な手つきで首を絞める襟元を崩した。


 何事かと誰も彼もが遠巻きに眺めている中、角を曲がったところで不意に名を呼ばれた。


「クラウス様?クラウス様ですよね?お早いお帰り─」


「聖女殿、悪い!先を急いでいる!」


「え、ちょっと!」


 今の私には優先順位と言うものがある。

 無礼を許してもらえるとは思わないが、彼女には後で謝罪しよう。


 何者にも止められないとばかりに謁見の間への道を走り続けるのだった。




 ***




 謁見の間の扉の前につき、扉を守護する近衛兵が驚いた顔をする。


「で、殿下でいらっしゃいますか?」

「その恰好はいったい……」


「悪い!通せ!」


「で、殿下!なりません!」

「それに今は……!」


 近衛兵の言葉を最後まで聞かず、自分の手で開けることなどなかった謁見の間の扉を押し開ける。


「父上!魔国から白髪の使者が来ているとは本当ですか!」


「で、殿下!謁見の申請もなさっておりませんのに、なりません!」




「……!」




 ──やっと。

 ──やっと会えた。


 ──あれから私は……君に……。




 いつか見た白い髪の少女が玉座の前に佇んでいた。

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恋心を失った社畜、終末の乙女ゲームに転生する 五月雨 @samidare8610

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