2024/8/1
2011年、東日本大震災――通称3・11で万智が犠牲になってから、ぼくはまえから志していた古生物学を捨て、地震科学に畑を変えた。並大抵のことじゃなかったが、幸運なことにぼくには時間が沢山あった。ぼくは万智が結婚したかった二十四才を飛び越えて三十路に入り、今もどこかにいる美雨を探している。
数千人いる震災の行方不明者は、未だ戻らない。
昨年あたりから、昔の夢を見る。決まって美雨の夢だ。美雨は十代のままで、ぼくだけ三十代だ。決まって彼女はカードを持っていて、ぼくにこう言う。
「しんたろーくんは運命を信じる?」
ぼくはこう答える。「信じたくない」
「どうして?」
「こうなる運命だったなんて信じたくない。万智も、きみも、こんなことになるなんて、そう決まってたなんて信じない」
そこまで言い切ると、美雨は決まって微笑む。
「ぼくだけこんな、こんなかたちで、生き残るなんて、いやだ」
そして目が覚める。決まって汗を掻いている。憂うつで最悪で最低な朝、一人っきりの安アパート、くそ食らえ。
……なんだけど、その日だけは違った。
夢の中でぼくは美雨と腕を組んで歩いていて、結婚の話をしていた。おかしい、万智はどこ行ったんだ?と一瞬考えるんだけど、これ夢だな、夢か、夢なら仕方ないなって思う。美雨はぼくの肩の辺りに頭を寄せている。ぼくもずいぶん背が伸びた。
「しんたろーくん」
「なに、美雨」
「これからいろんなことあるけどさ、きっとだいじょうぶだよ。きっと、だいじょうぶ」
美雨は微笑む。ぼくは夢の終わりを悟り、目を覚ます。
何かをしなければならないような気がして、辺りを見渡すと、たまたまクリアファイルからはみ出ている紙を一枚発見する。それはつたない字の、中2のあの日書いた美雨への手紙の予行練習で。ルーズリーフにひたすら「天使の梯子を見た」とだけ繰り返し繰り返し言葉を変えて書いてあるだけの。ただの、手紙で。そういえば、そんな風に手紙を書いたことが何度かあったと思い返して、部屋の中をあさってみた。
届けられなかった手紙一通、届くはずもないのに書いた一通。それから。
ぼくはペンを執る。
捨てるとゴミになるから、灰にして流そうと決めていた。あの日全てを飲み込んだ海に、再び向き合うときが来るとは思わなかった。穏やかな波打ち際に、カニが歩いてる。ぼくは砂浜に穴を掘り、そっと三通の手紙に火をつけた。
止まない雨はない、なんて言わない。あの日からぼくの周りはいつも雨模様だ。でもたまにこうして、誰かが天使の梯子を掛けてくれる。少しだけ、目を奪われる。それで救われる、こともある。
「あ」
煙が空に吸い込まれるのと、空が綺麗に裂けるのとはほぼ同時だった。水面にふりそそぐまばゆい光の滝を目前にして、
ぼくの目から、涙が出た。
読んだら捨ててくれ 紫陽_凛 @syw_rin
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