2011

 3月15日だったか16日だったか、覚えていない。でもぼくらは十七だった。

 遺体安置所にはすすり泣きが響いている。

 ビニールを掛けられた、列をなす物言わぬ骸の中に万智がいて、万智がいるのに泣けなかった。一度海底うなぞこにさらわれて戻ってきた万智は、もう何も言わないしぼくを蹴ったりしないのだ。涙は出ない。ぼくが冷たい男だからか、恋人の死にすら何も感じない男だからか――あるいは、これがたちの悪い夢であってほしいと心のどこかで願い続けているからだろうか。

 なぜぼくが生き残ってしまったんだろう。


 ラジオからはくるいそうなくらい、安否確認の応答が繰り広げられている。無事です。無事です。無事です。無事です。連絡ください。無事です。連絡ください。無事です……時折流れるアホみたいな歌はぼくを苛立たせる。


 万智は無事じゃなかった。ここでラジオを聞いているぼくは無事だった。何やってんだろう。本当になんなんだろう。

 万智の死におののいているぼくの心の隙間に美雨が入り込んでくる。美雨は無事でいる? 万智のように海にさらわれちゃいないだろうか。美雨は無事か? ぼくはたまらなくなって避難所を抜け出し、大声で叫びながら曇天を呪う。


 何を呪えばいい? 何を? だれを?

 待ち合わせの時間に遅れてしまったぼくを?

 よりによって待ち合わせ場所を海沿いにした万智を?

 いや、どうしようもないどうにもならない、そんなことどうでも良い。


 ぼくは引っぺがされた大地に伏して、その下に眠ってるかもしれない恐竜とか、たとえば貝とか、それから人とか、たくさんの命だったものたちのことを思って、それから死んでしまった恋人のことを思い出して――叫んだ。


 返せよ。全部返せよ。


 空からさっと光が差して、馬鹿みたいにぼくの上に降り注いだ。天使の梯子だった。嘘みたいに涙が止まらなくなって、ぼくは地面を何度も何度も殴りつけた。

 馬鹿みたいだった。

 馬鹿だと思った。

 こんなときでも、死んだ万智より、遠く離れた美雨の心配ばかりしている自分が。

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