2008

 中学二年にもなってくると、大概のことがおっくうになってきて。あれだけ跳ね馬じゃじゃ馬をやっていた万智がショートヘアを伸ばし始め、ヘアゴムでくくるようになった。ぼくらはいつもの、あの図書館のイート・インスペースで駄弁る。

「ねえ」

 と万智が言うので、「なに」とだけ返す。

「なんかないの」

「なんかって、なに」

「なんかって、なんかだよ」

 万智が要領を得ない質問をしてくるようになってからしばらく経つ。ここに美雨がいれば、「万智、あのことでしょう」って言い当てるのだけれど、ぼくは美雨ほど、万智のことを知らない。思えば美雨と万智はツーとカーだった。主に、運命とか、スピリチュアルな方面でそりが合わないだけで。

「……髪伸ばしたけどさ」

「うん」

「なんかないの」

「意外だったよ」

「そんだけ?」

 美雨はロングヘアがとても似合ったし、万智についてはショートヘアが板につきすぎていた。

「うーん。髪を伸ばしたのは意外だったけど、」

「うん」

「髪伸ばしたら女の子っぽくなったよね」

 即座に足蹴にされた。

「どおせ! どおせ美雨に比べたらあたしなんか猿モンキーよ!」

「そこまで言ってないだろ」

「言ってた! 目が言ってた! あやまれ!」

「ええ……」

 足蹴、足蹴、足蹴。女の子は本当に分からない。

「ごめん」

 とぼくが言うと、万智がうなだれた。

「ごめん。あたしが最悪だった。ほんとごめん。こんなんばっか。あたし」

「話、聞こうか」

「あんたにだけは無理!」


 万智はサブバックを担いでずかずかと去っていった。外、雨なのに。

 ふと、美雨に言われたことを思い出した。ぼくはそっと透明な自動扉の内側からそれを見た。

 天使の梯子。そこだけ雨雲がぱっかり割れて、日の光がさっと差し込むと見える、吉兆の徴。

『あれはね、天使の下りてくる梯子なんだって。だから、見た人にはいいことがあるよ』

 あの日ぼくらが見とれていたのは、これだったなぁ。

 ぼくは美雨にこのことを話したくてたまらなくて、そうかこういうときに手紙って書くものだよなって、そう思ったから、ルーズリーフに思ったこと全部書いた。気づいたら、日が暮れて、雨は止んでいた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る