第2話 炎を纏ったような女性なのに、菩薩のような妻を得る

 父上から見合いの打診があったのは一ヶ月ほど前だっただろうか。

 弟子だった者達も山に戻り、将来子が作れない可能性が高いと医師に言われて家督を弟の幸寿郎に譲った。

 俺もやっと普通の人程度には動けるようになり、今後の身の振り方を考えていた時、この見合いの話があったのだ。



「父上、俺はまだ手に職もありませんし仕事もしておりません。それなのに妻を貰うなど」

「ですが兄上、身体が動けるようになったら子供たちに剣道を教えたいと言っていたではないですか」

「それはそうだが……まだ何も手つかずだ」

「少しずつでもやって行けばいい。それに、この見合いはお前に断る権利はあるが話くらいは聞け」

「分かりました」



 こうして聞いた内容は、驚くべき内容だった。

 祝言を挙げるその日に、後は新郎が来るだけという状態の中、その新郎が義妹を連れて駆け落ちしたと言う話には、俺も幸寿郎も目を見開いた。


 そんな事をされれば花嫁になる筈だった女性がどれだけ悲しむか……そう思ったが、どうやら違ったようで、相手の家に「戻ってきてももう一度祝言を挙げさせるなど言わせない」と言った啖呵を切り、真っすぐ前を見据えてその場を収め、嘆くことも泣くこともなく両親と兄上と共に家に帰ったのだと言う。



「なんとも豪胆な女性ですね……」

「親しい者は、彼女の事を『炎のような女性』だと呼ぶらしい」

「「炎のような女性」」

「確かに聞く限りとても豪胆で気が強い女性であることは間違いないだろう。その上頭の回転も速く家の商家では帳簿つけすら手伝える程の才女らしい。また、気が強いだけではなく本来の気の強い姿と、客に合わせると言う柔軟さも持ち合わせているのだとか」

「ふむ……しかし俺は子が望めぬかもしれぬ身体です」

「それについては、彼女は全く気にしないそうだ」

「「は?」」



 女性からみれば『子供が作れない』と言うだけで普通ならば離れていくというのに、どうやら件の女性はそれすら乗り越えていく女性らしい。



「子供は好きらしいが、子が望めぬのならそれでも構わんと言う事らしい」

「それは……願ってもない事ですが」

「どうだ、一度会ってみる気は無いか?」



 そう父上に言われ、俺と幸寿郎は顔を見合わせると小さく息を吐き頷いた。

 それが――今から一ヶ月前の事。

 そして今目の前にいる美しい赤の着物を纏い、美しい黒髪に燃えるような赤い瞳で少し気の強そうな女性こそが、見合い相手である『夢野瑠香』なのだ。

 簡単な挨拶があってから見合いとなったが、彼女の美しい目はじっと俺を見つめている。



「仕事での怪我で以前の仕事に復帰できなくなったと聞き及んでおります。今はもう大丈夫なのでしょうか?」

「うむ、今は普通に生活できるまでに回復した。だが、君に会っても、申し訳ないが俺は手に職をまだ持っていない居候のようなものだ。使っていない道場で剣道を教えようとは思っているが、その矢先の話だったのでな」

「そうなのですね。ご安心下さいませ。夫一人に仕事をさせる気はありません」

「というと?」

「私は文字の読み書きは無論、計算も出来ます。一時期寺子屋で教えていたくらいです。ですので、寺子屋となりそうな所を探して、そこで仕事をしようと思います」



 つまり、この婚姻があろうがなかろうが、彼女は一人で生きていく心積もりが既にあると言う事だろう。

 夫が働いているのに妻まで働く等、大きな家では普通あり得ない事だ。



「家庭に入ると言う事は?」

「今のところは考えておりません。万が一にもやや子が出来た場合は考えますが」

「そうか」

「私はジッとしているのが苦手なのです。仕事をしていた方が落ち着きます」

「なるほど。父上、二人で話をしたいのですが宜しいでしょうか?」

「では庭でも散策するといい」

「ありがとう御座います。瑠香殿も行きましょう」

「分かりましたわ」



 こうして瑠香殿を連れ出し庭に向かうと、俺は彼女と向き合って話をする事にした。



「俺は色恋沙汰は全く分からん。その上で君が妻になると言うのなら、子が出来ぬ身体かもしれないのを受け入れてくれるのなら、それでいいと思っている」

「つまり、婚姻して下さると言う事でしょうか?」

「うむ! それに君の喋り方はハキハキしていて心地いい!」

「ふふっ! それは有難う御座います」

「道場を立ち上げるにしても、何もかも初めての経験で色々と苦労を掛けると思う。幸い家は江戸時代からある為広いから間借りさせて貰えるだろうが、婚姻した場合、此処から見える元弟子が使っていた離れで生活することになると思う」



 そう言って指さすと、そこには庶民が住む程度の家が建っていた。

 元弟子達が住んでいた家だ。



「台所などはないが、厠と風呂はついている。後は部屋が二つだろうか。外には井戸もある」

「良いではありませんか。台所が無いのには困りましたが」

「台所は君が嫁いでくるまでに増築しておく。小さい台所になるが良いだろうか?」

「ええ、構いませんわ」

「本来なら女中も雇いたい所だが」

「これでも家事は一通り出来ますから問題ありません」

「商家では色々習うのだな」

「後を継ぐお兄様意外は、女児とはどこに嫁に出されても良い様に躾されるものです。普通は、ですが」



 含みのある言い方に、俺は直ぐに新郎をと駆け落ちしたという従妹を思い出した。



「それが出来てない者もいると。それは君から新郎を盗んでいったと言う従妹か?」

「そうですわね。口だけは達者で何も持っていない者でしたわ」

「手厳しいが、その通りなのだろうな」

「この婚姻について、一つお願いがございます」

「なんだろうか」

「もし、元婚約者が藤原家に来て騒ぎ立てても、守って下さるでしょうか?」



 真剣な瞳で見つめられ一瞬心臓が跳ねたが、俺は真剣な顔で「無論」と伝えると、フワッと柔らかく笑ってくれた。

 初めて観るその優しい菩薩のような笑みに頬が赤くなるのを止められない。



「では、私のような気の強い娘であっても婚姻して下さると言う事ですわね?」

「ああ、こちらこそ色々と迷惑をかける事もあるだろうが、よろしく頼む」

「私の方こそ、色々とご迷惑をかけるかも知れませんが、末永くよろしくお願いいたします」



 こうしてお互い納得し合った所で手を繋ぎ家に戻ってくると、俺の父上も幸寿郎も、そして瑠香殿の両親と兄上も嬉しそうにしていて、婚姻をしたい旨を伝えると喜んでくれた。

 ――それから一ヶ月後には諸々整えてから婚姻となり、俺は炎のような妻を得たのだった。




==================================

此れより続きは、サポート限定日誌にて先行連載となります。

何かしらのコンテンスト参加時にアップしますので

それまでお待ちくださいませ。

(早めに読みたいという方は、是非サポート限定日誌にてどうぞ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

炎の様な妻を娶ってみたら、本当の顔は菩薩とか反則だろう? udonlevel2 @taninakamituki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ