炎の様な妻を娶ってみたら、本当の顔は菩薩とか反則だろう?

udonlevel2

第1話 祝言の最中、新郎が従妹と駆け落ちして

 ――大正の某日。

 今日、一組の夫婦が出来る筈だった。

 しかし、夫となる新郎がいつまで経っても来ない。

 新郎の親は慌てて探したが何処にもいなかった。

 しかし、その母親は一つの手紙を手にして震えており、私は立ち上がるとその手紙を奪い取り中を読む。



『瑠香、君との結婚は耐えられない。それに俺は真実の愛に目覚めたんだ。君の義妹であるお菊と共に駆け落ちするよ。一人で祝言でも挙げてくれ。ではお幸せに。辰二郎』



 そう書かれた手紙は正に、今祝言を挙げようとしている私と我が家への侮辱。

 義妹は父の妹夫婦が亡くなったことで引き取って育ててやった年下の何でも奪っていく盗み癖の強い義妹だった。

 ――ほう? 盗み癖は私から夫になる予定だった人までか。

 私はクスリと笑い、その手紙を読んだ両親は激怒。

 新郎側は只管謝り倒したが、私は角隠しを床に叩き落し、ニヤリと不敵に笑う。



「あのボンボンで金勘定もマトモにできないお宅の愚息と婚姻するのは私も癪だったの。この婚約破棄、無論受けます。ええ、喜んで受けますわ」

「「ひい!!」」

「それに、我が家の不良債権だった義妹を連れて行ってくれたことに関しては感謝しますわ。お二人がどこまで貧相な生活で我慢できるか分かりませんけれど、お父様、お母様、お菊が帰ってきたとしても、お分かりでしょうけど……家には絶対にあげないようにしてくださいませね?」

「勿論だ!」

「育てて上げた恩をこんな形で返す子なんて我が家にはもう入れさせません! 敷居をまたがせるものですか!」

「それと、辰二郎さんが戻ってきても私との再度祝言は無しでお願いしますわ。ええ、お分かりですわよね? こんな形で祝言の最中に逃げるような男、誰が必要とします?」



 そう見下したように相手の両親を見ると土下座して震えている。

 それ以上に――兄は手を握りしめて怒りを抑えていて、「まぁまぁお兄様?」と声をかけた。



「盗み癖が酷い上に尻軽女が居なくなったのですからそう怒らずとも良いのでは?」

「それはそうだが! お菊の奴……なんて恥知らずな!!」

「では、この婚姻はお開きと言う事で宜しいですわね? この花嫁衣裳肩がこるのよ。化粧も落としたいし」

「待ってくれ!」



 そう声を上げたのは辰二郎の御父君、何か言う事でもあるのかしら?



「この様な形で本当に申し訳ない! だが支援を、支援を打ち切られたら家は……だから末の官兵衛との婚姻にして貰う訳にはいかないでしょうか!!」

「ち、父上!?」



 その言葉に慌てたのは次男の官兵衛で、私を見るなり顔面蒼白で首を横に何度も降っている。あらあら、愛らしいこと。



「官兵衛さんってまだ11歳でしょう? 嫌よ、そんな年下の夫なんて。こっちから願い下げよ。お話は終わりかしら? お父様、お母様、お兄様、帰りましょう」

「そうだな、こんな家に二度と支援などするものか!」

「きっちりと利子をつけて今で貸していたお金返して貰いますからね」

「恥知らず共が!」



 そう言って私と本来ならいる筈の新郎との祝言は終わりを告げた。

 新郎が義妹を連れて駆け落ちした事によって。

 でも、これであんな役立たずと祝言を挙げなくて済んでホッとした。

 私にはあんな軟弱な男では全く物足りなかったのよ。


 車に乗り込み自宅へと帰る最中、私の事を整理する。

 我が家は大きな商家で、跡継ぎのお兄様と私の本来なら二人兄妹。義妹は先ほど話した通りお父様の妹夫妻が亡くなったことで預かっていただけに過ぎない一応義妹と呼んでいる。

 無論、夢野の名字は名乗ってなどいないが。


 婚約者が義妹を連れて駆け落ちした事はまぁ、良いとして……私は義妹によって「悪女」「可哀そうな義妹をイジメる鬼のような女」と近所でも広まっていた。

 それ故、結婚出来る相手は近場では居ないだろう。


 まぁ、結婚せずとも仕事は一通りできるし、これからの時代、女だから結婚しなくてはならないと言うものではないのだと思い至る。


 それに、軟弱な男は嫌い。

 芯のある男性との婚姻ならまだしも、あっちにフラフラ、こっちにフラフラするような軟弱野郎なんて願い下げだった。


 それに、「女の癖に」と言って来る男も論外。

 そう、私は気が強いのだ。肝が据わっているとも言えるが。

 気の強そうな顔がその性格を更にキツク見せるのかも知れない。



「はぁ、どこかに芯のある強い男性は居ないかしら。辰二郎のような骨のない男なんて願い下げだわ」

「そうだなぁ……」

「そもそもアチラから頼み込まれての婚姻でしたのに、新郎がお菊を連れて駆け落ちするなんて!!」

「まぁ良いんじゃないか? 厄介払いが出来たことだし、瑠香も嫁がなくて済んで良かった。でも瑠香は誰かと婚姻したいのかい?」



 そう言われると癪だが、一度くらいは婚姻くらいはしてみたかった。

 相手がクソでなければ……ですけど?



「そりゃ一応婚姻はしてみたいわよ。でもこの周辺じゃそう言う男はいなさそうだし、芯があって私のような気の強い女性を受け入れてくれる男性でないと長持ちしないわ」

「はははは! 確かに瑠香は気が強いからな! その上勉強も仕事も出来る」

「炊事だけは何時まで経っても下手ですけれどね」

「しかしそうか、瑠香は結婚したいのか……隣町に我が家が取引きしている家があるが、そこの御長男が今年25歳になるのに婚姻もしていなかったはずだ。家督は弟に渡してしまっているがな」

「まぁ、何か理由がありまして?」

「仕事中に大怪我をして、前の仕事が出来なくなったらしい。今は一人で介助もなく生活できるようになったらしいが、とても明朗快活な方で美丈夫だったぞ」

「ふむ……」

「だがなぁ……子供が望めないかもしれない身体らしい。それで独身を貫くつもりらしいが」

「あら、私も子供はそう望んでおりませんし、丁度良いのでは?」



 子供は好きだが、仕事が好きで子供は余り考えていなかった私としては良い物件のように感じた。

 家督を弟さんに渡しているのなら、別の家に住めばいいだけの話ですもの。



「瑠香が望むのなら、お父様がお伺いしてこようか?」

「ええ、お願い出来るかしら」

「断られるかもしれないが」

「高望みはしませんわ。私のような気の強い娘を受け入れてくれるとも思ってませんし」

「まぁまぁ、お伺い立ててからでいいじゃない。それより今日はお祝いに夕食は豪華にしましょう?」

「そうだな! お菊もいなくなってくれたお陰で美味しご飯が食べれそうだ!」

「それは言えてますわね」



 そう言って車で家に帰ると、まさか祝言を挙げる筈だった私が帰ってきた事で店はテンヤワンヤになったけれど、私は堂々と家に上がり、風呂の準備をして貰って身体を綺麗に元通りにして髪をシッカリと拭いて着物に着替えた。

 炎の様に赤い着物が良く似合う私は、親しい人たちからは「炎のような女性だ」と言われる。

 目も赤いからだろうが。


 その日の夕食は大変豪華だった。

 何時もお菊が「これは嫌い」だの「これは不味い」だの文句を一々言ってくる為、食事の時間がとても苦痛だったのだ。

 でも今日からはそれもない。

 気分良く家族で食事を楽しみ、満足感のまま眠りについた。


 それから一か月後――。

『婚姻をする前に一度両家で会いましょう』と言うお見合い話になっていて、私は驚きつつも用意を済ませて車に家族と共に乗り込み隣町の【藤原家】へと向かう。

 何度もお見合いをしてきたが、どう気が弱く見せようとしても気の強そうな顔は変えられない。

 ならばと、自分を最も引き立てる赤い着物で向かったのだ。

 一見派手かもしれないが、しっかり絞りも入っていて上品な赤を選んでいる。


『炎のような女性』だと言われるのなら、私は炎を纏って行こう。

 何も隠す必要などないわ。


 こうして藤原家に到着すると出迎えに女中の方がやってきて、案内された部屋に通されたそこには――まぁ、不思議。同じ顔が三つあるわ。

 そう心で呟きながらも席に付き、お見合いをする事になったのだ。



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