第7話 純喫茶の中で②

 ピアノ跳ねるジャズのBGMに私の心音がベースサウンドとして加わった。強く打つ、ドンドンドンドンドンドンドン……と。私の体の中は激しさを増していく。


 ダークでアンティーク、茶色い凝った店内に白い瑠夏は夜の花のように咲いていたけれど、上半身が段々と机の底に下がって、私は机の下を覗かなくても瑠夏が何をしているかは分かっていた。私は両の足をおもむろに開いていく。瑠夏を迎え入れるために。なんて卑猥なんだろう。


 瑠夏の足の先が私に触れる直前だった。雰囲気に似合わない、おどけた笑みを瑠夏は浮かべて、「スッ」と吐息と微笑のハイブリッドみたいな、変な声を出した。


「ちょ、華、届かない」


 官能的なムードから一変、私も吹き出してしまう。


「ちょっと、瑠夏、マジやめて」


「いや、本当なの本当。うー、どうしよ、もういっそ全身潜るしかないかも」


「さすがにヤバイからそれ」


 店内は薄暗いし、机の下は死角にはなっているけど、さすがに全身潜るのは違うなと思った。机の下で、足元で、瑠夏が私に悪戯するのは燃えるけど、それはちょっともう変態プレイの域だ。


「よく足届いたね。さすが、モデル体型の華には敵いませぬ」


「別にそんなじゃないし」


 瑠夏の足が届かないのは本当みたいで、たしかに瑠夏と私では目線の高さがちょっと違くて、私は若干瑠夏を見下ろしてるし瑠夏は若干私を見上げてる。身長差で言えば5cm〜10cm前後だろうか。足の長さに違いが出るのもしょうがない。


 とはいえ消化不良感は否めない。やっぱり何か、違和感無く瑠夏と隣同士になる方法を考えないと。なんて思っているとウェイトレスさんが料理と飲み物を運んできた。私と瑠夏はかしこまって、料理と飲み物がテーブルに置かれるたびに細やかな会釈をする。さながら純良な客のように。


 滑らかな曲線の銀のスプーンを手に取って、瑠夏と私はデザートに切れ込みを入れて、掬って、口に運んでいく。柔らかくておだやかな甘い味が深く舌に染み込んでいくけど、私の体が今欲しているのは糖分じゃない。もっとこう、痺れるような気持いことがしたい。


 瑠夏はというと弾ける泡のメロンソーダとグラスに聳えるいちごパフェを堪能している。ほっぺたを落としながら。


「美味しいい。やっぱりこういうお店は格別だねぇ。ソーダにしたって、パフェにしたって味がきめ細やかというか、洗練されてるよ〜。ありがとう華、誘ってくれて」


 ムカつく。私なんかアイス珈琲の苦味で甘味を打ち消すことすらも忘れて、こんなにも悶々としているのに。私を差し置いて満喫してる瑠夏が憎たらしい。


「華、はい、あ〜ん」


 拗ねる私を宥めるように、いや、多分瑠夏は何も考えてないだろうけど、無邪気な笑顔で私の口元にスプーンを運んでくる。先端、銀の窪みには雪のような生クリームに埋もれたイチゴの切れ端が一つ。


 まぁ、パクりといただきます。


 それから、喉の生クリームを洗い流すようにと、瑠夏はメロンソーダのグラスを私の手前に。シュワシュワ弾けるエメラルドグリーンの炭酸をストローで吸い上げて。あ、瑠夏と間接キス……。


「どう? キスの味は?」


 私はソーダを詰まらせた。


「ちょ、ん、変なこと言わないでよ」


「間接キスくらいでそう照れないでよ〜華はうぶだなぁ〜」


「別に照れてないし」


「ツンデレ華がいちばんのデザートです」


 パシャリと手と手で作ったカメラで私を覗く瑠夏。本当、この子はさ、私のペースを乱しくる。だけど私も負けじと対抗してみる。


「……なら、早く私のこと食べてよ」


 瑠夏は不意を突かれて、私から目を逸らした。髪の毛をクルクルと人差し指に巻きつけて、口を尖らす。何か不満があるみたい。


「でも隣に行けないんだもん」


 瑠夏もどうやら私と同じ魂胆だったらしい。


 この正面で向き合ってる状態から、いかにして怪しさも出さずに隣同士に座るか。マスターやウェイトレス、客の目を掻い潜って。


 私も私とて、この問題を先延ばしにしていては欲求不満で次から次へとデザートを頼んでしまいそう。糖分によるストレス分解というやつ。それはよくない。そうならないためにも、本格的にこの問題に取り組むべきだ。


 私は頭を捻ってみる。こんなにも頭を捻るのはこの前の中間テスト以来。私の脳もこんなことでフル回転させられることになるとは思いもよらなかっただろうなぁ。


 ……って、あ、


 テスト……


 ピカァーっと暗闇に光が差した。

 私は瑠夏に言わないわけにはいかない。


「瑠夏、思いついたかもしれない。策が。」


「本当?」


「うん。ほら、私たち学生でしょ?」


 瑠夏はまだピンときていない様子。


 「私たちはまだ、勉強盛りの女子高生なんだよ瑠夏」


 私は机の上にポンと、この状況を打破する画期的なアイテムを置く。さっき読んでいたブックカバー付の文庫本。


「本?」


「あと、瑠夏のメモ帳。付いてたペンもね」


 瑠夏に催促して、言われた通りにメモ帳とボールペンを机に置いてもらう。準備は揃った。文庫本のテキトーなページを開いて、メモ帳の白紙のページも開いて、ペンを握って、私は瑠夏に何ともわざとらしくお願いをする。








「瑠夏、勉強教えて。さ」

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有栖さんは彼氏なんかじゃ物足りない。 山猫計 @yamaneko-k

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