第15幕 丸井コウダイ(3)
その日俺は、どんな事を言われても耐えられた。
クソみたいな先輩のイビリも。
イジりとイジメの区別もつかない上司の小言も。
俺を舐めきった後輩の言葉遣いも。
俺は残業でクタクタになった身体を引きずってある場所へ向かう。
前もって決めておいた、場所。時間。
全ては完璧で、俺は初めての行為に興奮すら覚えていた。
今は閉店し、誰も使っていない店の入口の前に立つと、ガタガタ動かす。
すると、古びた鍵は簡単に外れ、侵入者を簡単に迎え入れる。
中は、雑然としており、片付けが済んでない所から夜逃げでもしたんじゃないかと邪推してしまう。
「…さて、じゃあ、始めますか。」
彼はその辺にガソリンを撒き散らしていく。
逃げ道を無くさないよう、入口付近を避けながら。
ガソリンはアホ上司の車から拝借してやった。ざまぁみろ。
そうして、一通りまき終わった後、俺はポケットからライターを取り出すと、ドキドキと胸を高鳴らせながら火をつけた。
その瞬間に激しい爆発が起こる。
ガソリンを撒いた時に高い位置から巻いたことで気化してしまい、狭い店の中に充満していたことが原因だった。
ただ、少し燃やしてやりたかっただけなのに…!
なんで!!
どうして俺がこんな目に遭わなきゃならない!!
今まで散々、真面目に働いてきた。
たまの休みに、ストレス発散してただけだったのに!
俺は、炎に囲まれて、行き場を失っていた。
気づくと、どうにもならない事になってしまっていた。
あぁ、なんてついてない人生だったのだろう。
妻もなく、子もない事は幸いだったかもしれない。
だが、俺の人生でついていると言えるのは、きっとこれだけだ。
後は、階段を転がるだけの人生だった。
燃え広がった炎は、俺の身体に燃え移る。
呼吸する度に喉が焼ける。
チリチリと焦がされていく皮膚は、もはや痛みも感じなかった。
「み、みず……。」
最後に絞り出した言葉は、俺の身体と一緒に焼け焦げて塵になった。
店全体が燃え上がり、その火はやがて近くの建物にも引火する。
夜中の出来事であり、発見も遅れてしまった為、延焼はドンドンと広がっていく。
女も、男も、子供も、老人も。
火は平等に、容赦なく命を奪っていった。
火が消し止められたのは、それから何時間も経った後。
亡くなった方の人数は、目を覆いたくなるような夥しい数となってしまった。
☆
「……。」
あまりの身勝手さに世間知らずのサヤカも空いた口が塞がらなかった。
「サヤカ。レディがしてはいけない顔をしていますよ。」
呆れ顔でそれを指摘すると、ピエロはドカッとパイプ椅子に腰掛けた。
「全く、あまりにもくだらない余興でした。まぁ、自らも操れぬ滑稽な道化の踊りに、観客は満足そうですが。」
どこからともなく、嘲笑が響き渡る。
その声には、明らかに愉悦が含まれていた。
どこから取り出したのか、ピエロは一冊のノートをサヤカに手渡す。
「これを彼の目の前で開いてあげなさい。自らの行いを死にながらに悔いていることでしょうが、懺悔する資格すらこの者にはないでしょう。」
サヤカはノートを受け取ると、人とも炭とも取れぬ残骸の近くに漂う青白い魂に近寄った。
「た、魂が赤くない…。ホントに悪気…なかったんですねぇ…。」
パイプ椅子に座ったまま、驚きを通り越して、関心までしてしまっていた。
「やった事は許されないけど…安らかに眠ってください…。」
サヤカが言葉を捧げながらノートを開くと、その魂はそのままノートに吸い込まれるようにして消えていった。
「…おやすみなさい。それにしても、私も、同じ魂だけなのに、何で吸い込まれないんでしょうか?」
「時期ではないのです。君のページは、その時が来れば開きますよ。」
サヤカにそう伝えると、ノートをサヤカの手から奪い取り、何処かへとしまってしまった。
「サヤカも気をつけなさい。身勝手な行いは、思わぬ所で人を傷つけるものです。」
「気をつけろっていっても、もう私、死んじゃってるし。」
「おっとこれは、失礼。」
そんなやり取りをすると2人は暗闇に溶けていったのでした。
スポットライトは魂を照らす しょーたろう@プロフに作品詳細あります @sho_tatata
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