第拾捌話 「飴ちゃんと無知」

 オカルト研究部の部室を開くと、六尺が床に三つ指をついて待っていた。

 謎すぎるシチュエーションに俺の頭は一瞬フリーズしたが、すぐに答えは判明したのである。


「おー! コモリ、さっきぶりだなァ!」

「ひぃっ!? ど、どうもぉ……!」


 俺の後ろから出てきたマコトの顔を見た六尺はあからさまに怯えていて、誰が原因かどうかなんて一目瞭然だった。

 六尺は三つ指をついた正座から尻もちをついて逃げるような体勢になったが、長いスカートのおかげで中が見えてしまうようなことは無かった。


「……マコト、何したんだお前?」

「ん? そりゃ部外者が邪魔すんだからコモリにも聞いたに決まってんだろ。さっき授業の合間にちょーっと一年の教室に顔出してな、挨拶してきたんだ。ナー?」

「は、はひぃ……っ! よ、ようこしょ……」


 礼儀作法も、相手が怖ければ逆効果らしい。

 そりゃあピアスバチバチに開けた金髪の先輩が急に自分の教室に乗り込んできて、放課後に部活に行くからなって言われたら俺でもビビる自信がある。


「あー、六尺? こいつはマコトって言ってな、俺のクラスメイトで昔からの悪友だからな……まあこんな見た目だけど、悪い奴ではないから安心していいぞ?」

「オウ! なーんかアオスケの紹介が癪に障るけどヨ、いつもこのアホが世話になってるみてぇだし、これからよろしくなっ!」

「はひっ! はひひっ!!」


 六尺は、赤べこのようにブンブンブンブンと頷きまくっていた。

 まるで先輩二人に挨拶されてビビる後輩という構図になってしまっているのだが、この部室の中では六尺が一番大きいという見た目上のバグが発生している。


 これは俺たちが小柄なのは一端無視しても、六尺が大きいんだ。

 もっと大きく育ってほしい。


「よーし。じゃあお近づきの印に、コモリにも飴ちゃんをくれてやろう!」


 ビビる六尺のある意味で元気な頷きを見て、気を良くしたマコトがパンパンになった胸ポケットからお得意の飴玉を取り出した。

 いくら甘いのが好きな六尺だとしても、こんな面と向かって捕食者と非捕食者みたいな構図では受け取るのも躊躇すると思う。


「あ、飴ちゃん……!? い、いただきます!」

「おうおう。いっぱいあるからな、好きなだけ良いぞ!」

「わ、わぁ……っ!」


 何の躊躇もしていなかった。

 むしろ目の前に差し出された飴玉がまるで宝石にでもなったかのように目を輝かせている。

 六尺にとっては怖い先輩より美味しい飴ちゃんの方が優先度が高いようだ。

 ……今度俺もやってみようかな。


「お、おいひぃへふぅ……!」

「そうかそうか! おいアオスケ! コモリすげぇな! 超良い食いっぷりだぞ!」

「あまり人の後輩で遊ばないでくれ」

「お? 人のってテメェのって意味かアオスケ? ノロケ? ノロケか? オォ?」

「んむぐふぅっ!?」


 口いっぱいに飴玉を頬張りご満悦な六尺に、テンションを上げるマコト。

 そんなマコトがニヤリと俺をからかうように見てくると、それを鵜吞みにした六尺がむせ返りそうになっていた。


 危ないからやめてくれ。


「六尺は純粋なんだからあまり変なことを言うんじゃない。それと六尺も、飴ちゃんは逃げないから落ち着いて舐めるんだぞ?」

「…………!(コクコクコク!)」


 俺が六尺の背中を擦ってやると、彼女はまた顔を赤くして無言で何度も頷く。

 飴ちゃんを喉に詰まらせたり、口の中の飴玉を大量に外に吐き出すなんて最悪な展開は避けられたようで良かった。


「なんつーか、すげぇな……テメェら」

「ふっ……そう褒めるなマコト。何て言ったって六尺は、俺の唯一いる可愛い可愛い後輩だからな?」

「…………!!(コクコクコクコク!!)」

「そういう意味で言ったんじゃネェんだけど?」


 そんな俺たちのやり取りを見てマコトは驚いた後に、呆れたような表情になる。

 それもこれも一緒にUFOを呼ぶ活動を経て絆が深まった俺と六尺の力だろう。


「まあ、アオスケ達がそれで良いなら別に良いけどヨ」


 そして。

 さっき廊下で話した時と同じように、何か意味深な事を言ってきた。

 正直その内容がとても気になるが聞いても答えてくれないだろうし、いつまでもこの状態ではいられないので話を進めるとしよう。


「とりあえず立ち話……というか床に座り話もアレだしな、席はあるんだし机の上で語ろうか」

「それもそーだな。ほらコモリ、立てっか?」

「……ん。あ、はい」


 マコトが手を差し伸べると、六尺は口いっぱいの飴ちゃんを全部飲み込んでその手を取った。

 飴玉の一気飲みとかいう凄い特技を目撃したのももちろんだが、六尺が飴ちゃんのおかげでマコトに対する恐怖心が和らいでいるのを嬉しく思う。


 俺にとってはどちらも数少ない友人だしな、仲が良いに越したことはない。


「おい六尺。床に座ってたせいでスカートが汚れてるぞ?」

「へ? あ、す、すみません……」

「気にするな、これぐらい……ほら、叩けばすぐに取れるぞ」

「あ、ありがとうございますぅ……」


 俺は六尺のスカートについていた埃に気づき、軽く叩いて落としてやる。

 掃除は欠かさずしていても校舎の端にある元倉庫なこの部室は埃っぽいんだよな。


「…………」

「ん? どうしたマコト?」


 そんな俺たちを、マコトはさっきよりも唖然として見ていた。

 例えるならそうだな、『マジかコイツら……』みたいな顔で――。


「……アオスケ。今ナチュラルにコモリの尻触ってたけど、マジでもうそこまでいってんの? ボディタッチなんて当たり前な、ずぶずぶなヤツ……」

「はあぁっ!?」

「ふえぇっ!?」


 ――サラッと、とんでもない事を聞いてきたのだった。

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根暗で臆病な後輩は八尺様 ゆめいげつ @yumeigetu

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