第4話 海竜①
人とのふれあいに積極的なやつらを探すと言ったって、メアのように流暢な日本語を話せる魚は中々いなかったりする。
お兄さんも日本語を話せたり? と訊ねたら「え、全然話せないよ」と言われてしまった。
人魚のメアには知り合いが多いので、基本は彼女から簡単な日本語を学び、そうして異世界旅行に潜るのだという。
日本語講座でも開いてみようか、と言ったらメアは賛成しながら「あたしも難しい言葉が分かんなくて映画を全部見れないんだよ」と言った。
ああ、だからタブレット端末の前にたくさん魚が並ぶわけだ……。
異世界にも人間がいて、時折人間たちの生活用品が海底まで届くらしい。使い方も知らないそれらを魚たちは娯楽と捉えて遊具に使用する。
そして、海底にも流行という概念が存在する。
現在の流行はメアが言いふらしまくっているこの水族館や、水槽の中でアオイが個人的に貸し出しているタブレット端末だ。
月々の契約で息抜きに映像作品を見ようとタブレットにダウンロードしたそれを、なぜだか魚たちが契約者本人よりも長く見続けていた。
文字は読めるが発音が出来ない魚、逆に発音が出来ても文字が読めない魚。
字幕のついた映像は魚たちに好評で、一番後ろでメアが解説を挟みながら見ていると魚たちは日本語を案外容易く覚えてしまう。
「君の名前が分かればここまで来れるし、あとは彼らの努力次第。海底は娯楽が少ないからね。若い子ほどここに来たがるんだ」
でもそろそろ制限した方がイイかもね。
メアはそう言いながら、俺がラミネート加工した漫画本を読んでいる。
確かに、ちいさな魚たちが群れているのは可愛らしい。穴を通り抜けられるのはメアのようなサイズで限界らしいので、メアより大きな生き物はこちらには来れない。
しかし、人と同じサイズの魚というものは「大きい」のだ。
広く見える水槽でも、内側をのぞけば案外狭かったりもする。体を擦って怪我をする魚をちらほら見かけていたので「そうだな」と同意した。
―――ポコン、ポコン、ポコン。
軽快な音はアオイの腕から聞こえている。端末機の通知音だ。連続して通知音が鳴ることなんて滅多に無いのですぐさま確認すると、全て同じ文字が並んでいる。
「300cm/赤」「300cm/赤」「300cm/赤」
カメラが捉えられる限界が3mなので、そのように通知されたのだろう。合計で9m以上の生き物が穴を通っている。
水の底をじっと見つめていると、それは浮上するのに手こずっているらしく、メアに目配せした。話してくるよ、と頼もしい一言。
しかし、9mの大物なんて初めてだ。
メアよりも大きい魚だって初だ。メアも尾びれを含めれば170cmあるが、それでも「小さい方」らしい。
これから大きくなるのにたくさんのエネルギーが必要で、そのために普段からおやつを持ち歩くようにしたと大きなエビを自慢された。
アオイがそんなことを考えながら彼女らの浮上を待っていると、ぱちゃん、と水面に顔を出したメアは「今着替えをしてるから待ってて欲しいんだってさ」と予想外なことを言う。
「着替え?」
水の奥から見えたのは派手な赤色だ。魚や自然のものに出せるかどうか言われたら怪しいレベルの赤。それこそファンタジーアニメにでもありそうなくらいの赤色。
「海竜の女の子だよ。名前は……えっと、……なんだっけ。訊くの忘れちゃった」
メアの隣で、メアと同じように頭だけを出した女性は「ラズという」と自己紹介をする。豊かな赤毛、それに鎖骨より下にあるらしいだいぶ豊かな……。
うおデッ……まで口にすると、ラズと名乗った彼女はその体を全て浮上させた。アオイが膝をついている床に座り、「着替え」たらしい赤いドレスを着ている。
「……いやでかいな」
膝をついているアオイの隣に座る彼女は、座高だけでアオイを超えてしまいそうだった。
思わず口にしてしまうと、海竜とは思えない人と同じ姿で彼女は「抱き締めさせて欲しいのだが」と言った。
異世界水族館は常に大赤字 コノミ カナエ @tume325
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