夜になっても鳴き続ける蝉の声が私にまだ昼間であるかのように錯覚させる。人工光のくぐもった明るさもいつもにまして私の目を冴えさせた。深夜テンションとでも言おうか私の身体は眠さを欲するどころか、むしろまだ寝ることを拒んでいる。夏の短夜ともいうこの儚い夜であるのに今寝ないことはおそらく徹夜を意味している。

 夏というのは基本的に時間の感覚がなくなる。今が夜なのか、昼なのか、それとも朝なのか、それを知っているのは時計のみだ。その時計を見る手間も憚られて、結局誰もわからない時間の経過は時間の浪費というものを引き起こす。気づかぬうちに横においていたしなければならないことに費やす時間がなくなっているのだ。また昼間の日光というのも体力を消耗させ、睡眠時間を長くする。これらのことが相まって一日などすぐに経ってしまうのだ。

 私は単に机に向かい合うだけで良いので、時間の浪費などに影響を受けるはずがないのだが、迫りくる大きな圧力への焦りと恐怖が私の手の動きを止める。それがために睡眠の時間が減少して眠いままに机に向かうことになるのだ。ところが一定の時間がすぎると、この眠さというものが減少の傾向を見せ始める。そして完全にゼロになったときに極限の集中力でもって、勉強を押し進めることができるのだ。迫りくる圧力への恐怖は私の心拍数を上昇させる。模試の結果などは心臓を破壊しかねないほどのエネルギーでもって心臓を鷲掴みにして、息をつまらせる。そして何よりも最も怖いことは出来ていたことができなくなることにある。特に一年前に出来ていたことが出来なくなるのが心にこたえる。

 圧力は決してなくならないものであるし、決して逃れることのできないものであるのだ。私は必死にもがくのだが、気体の中にいるようで掴みどころがなくて息苦しいこの場所から出ることができないのだ。それにこの場所から逃げるのも何か違う気がするのだ。他人を気にするわけではないが、私がなにかに背を向けているような気がして、厭な気持ちになるのだ。

 吹っ切れた極限の状態の先に収束するものは何であるのか、それが果実であるならば僥倖、種であるならば喜び、枯木であるならば落胆であるのだろう。矢印の先に実りがくるように私はここから命を削る。

 気持ちを整理するために私は窓を開けた。凪のような無風の静けさに太陽が光の色を差し込んでいる。頬の赤く染まった少女が蝉を追いかけているのが印象的だった。少女の満面のこぼれ落ちる笑みが、私の心の緊張を和らげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏夜 葦田河豚 @ashida-fugu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画