扇風機
都会の夏は熱かった。太陽の光が肌をジリジリと焼く暑さではなく、アスファルトからの照り返しのモワッとした熱気の熱さだ。太陽が鳴りを潜める夜でさえも足元から沸き立つ熱気は昼間さながらで、いつになっても冷えることはない。これならば田舎に住む方がましである。俺はそう思った。
俺の故郷は水田が広がっているど田舎で吹き抜ける風が気持ちよかったように記憶している。夏になると俺たち子供はこんがりと焼けた
俺は都会の熱気から離れようとして涼しかった田舎のことを思い出す。エアコンなどつける必要もなく窓を全開にしていたあの日々を思い出してその余韻に浸る。
両親はまだあの家に住んでいるが、聞くところによると最近になってエアコンを導入したらしい。田舎でもだんだん暑くなっているのは田んぼが減っているのと関係があるのだろうか。最後に帰ったときには田んぼが砂で埋め立てられて砂利が敷かれ、新しい家が建っていて、それも一軒や二軒ではなく住宅地が出来上がっていた。見覚えのない家ばかりで少し寂しい気持ちになった。
エアコンを強くきかせた部屋で俺は思い出に浸っていると上京したてのときに買った扇風機が一度も動かぬまま部屋の片隅に置いてあるのが目に入った。扇風機一台あれば十分だろうと思って、わざわざ買って持ってきたにもかかわらず、あまりの暑さにエアコンばかりきかせて扇風機を一度も動かしていなかったのだ。
俺はエアコンを切って窓を開けた。夏の熱気が部屋の中にすぐさま入り込んでくる。星の一つも見えない黒ではない夜空が都会にいる感覚を強くさせた。扇風機のプラグをコンセントに差し込み、強ボタンを押す。ブーンという鈍い音とともに動き出した扇風機はどこか不貞腐れているかのような、それでいて少し嬉しそうな音をしていた。
俺は扇風機に少し申し訳なく思いながら、切ボタンを押してプラグを抜いた。決してこれから俺は扇風機を使うことはないだろうと思いながら、故郷を思い出して感傷にひたりたくなったときにはまたじっくりと見つめてやろうと思うのだった。
扇風機の四つ並んだボタンがただまっすぐこちらを見つめていた。
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